続? さくら の のほほん道楽絵巻

仕事よりも趣味最優先・・・毎年の目標は趣味道精進! そろそろ家族に捨てられそう。。。(汗;)

最近、疲れ気味。。。

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 子供たちが葉っぱを見て
「葉っぱが色気づいたねぇ~!」
と言っておりましたが、何か違うような気がして
しかたない さくら でございます・・・
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 さて、本の聖地にて購入してきた本としてお話するのは
最後になりますが、私め的になかなか興味深い1冊が・・・
RMライブラリー 私鉄買収国電 ―その変転と終焉―
ということで、ネコパブから発売されたモノ。。。
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 出版元からは

 戦時中の鉄道省では政府の方針のもと、重要港湾輸送や
原材料輸送路の確保、
軍隊の移動手段の確保などの理由で、
昭和18・19年に全国の民営鉄道会社のうち14社を
強制的に買収した。
 その際路線とともに、そこで使用される85形式337輌の
電車も買収の対象となった。
 これらの買収車輌は、鉄道省本来の車輌とは規格や性能も
千差万別であったため、保守・管理上の問題より早期に
淘汰が進められ、
一部は更に私鉄に払い下げられて活躍した。
 本書ではそれら「私鉄買収国電」の国鉄時代と
地方払い下げ後の姿を、多数の写真で紹介する。
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ということで、

・宮城電気鉄道
・青梅電気鉄道
・南武鉄道
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・鶴見臨港鉄道
・富士身延鉄道
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・豊川鉄道
・鳳来寺鉄道
・三信鉄道
・伊那電気鉄道
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・信濃鉄道
・富山地方鉄道・富岩線
・阪和電気鉄道
・広浜鉄道
・宇部鉄道

といった具合。。。
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 とにかく雑多な車両たちが買収され、
試験車両や事業用車、私鉄への払下げなど、
様々なドラマがあったようで。
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 私めも、色々な本を購入してきたこともあり、
まだまだ読み進める事が出来ておりませんが、
当時の時代背景を元に読んでみたいと。

 新しいネタを探しては
ゆすり、たかりは当たり前、
約束を平気で破る救いようのない隣国、
そろそろ国交断交に本腰を入れて欲しい
と思う さくら でございます。。。m((_ _))m

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 さて、今回は千葉県内を走る鉄道が特集された
待望の2冊が我が家にご到着・・・
そんな本の方は
RMライブラリー
流鉄 5.7キロを走り続ける流山の鉄道
                                            (上・下巻)
ということで千葉県といえば、銚子電鉄以来なのかと。。。
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 出版元からの説明では・・・

 JR常磐線の馬橋駅と千葉県流山市の流山駅の間、
5.7kmを結ぶミニ鉄道が「流鉄」です。
その歴史は古く、大正5年に流山軽便鉄道として
開業しました。
 当時は軌間762mmで蒸気機関車による運転でしたが、
大正11年に社名を流山鉄道に変更し、
大正13年には軌間を国鉄線と同じ1067mmに改軌し、
貨車が国鉄と直通運転するようになりました。
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 戦後、昭和24年には常磐線の電化に合わせて
流山鉄道も電化、
昭和26年には社名を流山電気鉄道と
改めました。
その後、社名は流山電鉄を経て昭和46年からは
総武流山電鉄となりました。
 そして平成20年には社名を流鉄に改め、
現在も流山市の人々の欠かせぬ足として走り続けています。
本書は、この鉄道の開業以来のあゆみについて上下巻に分け、
多くの写真とともに振り返るものです。
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ということだそうで。。。
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 一昨年には我が家にて流鉄の車両を
集中増備した覚えがございますが、
ここ最近は特に目新しいリリースもなく、
停滞したままだっただけに
今回の本の発売は再び流鉄を勢い付けるには
丁度良いのかと。。。
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 上巻の方には、流鉄の生い立ち、
過去の懐かしい画像などが色々と掲載されており、
流鉄で活躍した車両たち、SLやら気動車
中盤から後半に来るとモハ100形など、
我が家で所有する車両などもチラホラと現れ。
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 下巻の方も上巻に引き続き情報が盛り沢山ですが、
私め的には西武からの車両が総武流山電鉄を支配してからの
時代の方がなじみがあり、
知らなかったことが記載されており。
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 それにしても今回の 
流鉄 ~5.7キロを走り続ける流山の鉄道~(上下)
を色々と読み進め、軽便鉄道時代、路線改軌や電化、
貨物取り扱いなど、様々な変遷を辿って
現代に来た鉄道なんだと改めて思い知らされ。
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 拝啓、河野外務大臣さま、 
いくらマスゴミが相手でも、
聞かれたら、
きちんと答えてほしいと思う さくら でございます・・・
外務大臣としての資質が問われる
のではないかと。。。m((_ _))m
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 さて、一昨日は「黄帯を巻いた貨車
の到着をお話しましたが、
実は、ついでにもう2冊ほど
購入をしておりまして・・・(汗)
そんな本の方は、

・228 国鉄救援車図鑑(上)-
       鋼製客車の個性派車輌- 
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・229 国鉄救援車図鑑(下)-
        鋼製客車の個性派車輌- 
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というモノを。。。
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 救援車といえば、客貨車区の隅に荒廃寸前の姿で
留置されている印象の車両なのですが、
新小岩操車場の隅に置かれていた
白っちゃけた茶色い客車
存在にモノ寂しさを感じ。。。
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 そんな救援車について、出版元からは・・・

 かつて国鉄の機関区や客車区といった現場を訪れると、
構内の外れにいささかくたびれた客車が1輌、
ポツンと留置されている
光景によく出くわした。
これが救援車である。
 災害や事故で本線が不通になると復旧用の器材や
人員を載せて、
文字通り救援に駆けつけるのが使命である。
反面、輸送が順調なら出番はなく、基地に留置されたままで
数カ月から1年以上、全く動かないことも珍しくない。
 当然ながら、ピカピカの新車が充当されることはなく、
全車が改造車で2度3度のお勤めを経て、
廃車目前の古強者ばかりになる。
 種車は様々だから、形式は同じでも1輌ごとに
外観はバラバラ、
そんなクセのある車輌には、
多くの車輌ファンが関心を寄せてきた。
 救援車は貨車、電車にも存在し、木造客車にも
面白い車輌が多いが、
今回は鋼製客車に絞り個性ある
車輌の魅力を紐解く。
 また、救援車のうち、鋼製客車からの改造車に絞り
待望の下巻ではオエ61 300・600代につづいて
戦災にあった客車・電車を復旧した戦災復旧車である
オエ70、スエ71、スエ78を収録。
さらにマニ50などによる代用車や救援車の出動、設備、
暖房、標記など、
その周辺についても解説する。

色々と力の入った説明のようで。。。
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 説明通り、登場してくる一部の車両には
古に近いボディーに
改造が施されている車両もあり、
時にはゲテモノに近い姿にまで
改造された車両もある感じで。
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 救援車・・・あくまで縁の下の力持ちとして、
実際に目立った活躍をする車両も多くは
無かったかと思われますが、
そういった日頃出番もなく、車両区の隅で滅多に
動くこともなかった車両たちにクローズアップし、
目立たなかった車両に光を当てるというのも
大事な事なのかと
。。
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 久々に私めが作った麻婆豆腐、
しかしながら、絹ごし豆腐を使ってしまったばかりに
麻婆豆腐が残念な姿になってしまい・・・
麻婆豆腐には
   木綿豆腐   
だと思う さくら でございます。。。m((_ _))m
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 さて、11月中旬に発注をしてから
発売日を過ぎて到着1冊の本が我が家にご到着!
本の方はネコパブから発売された
    黄帯を巻いた貨車
という、黄色い帯をボディーに
付け加えられてしまった貨車が
クローズアップされた1冊。
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 出版元からの説明では・・・

 国鉄の列車近代化・高速化が大きく進められた
昭和43年10月ダイヤ改正(通称“ヨンサントオ”)では、
貨物列車の高速化も図られた。
しかし、当時の貨車のなかには構造的に
高速走行に適さないものも多く残っていた。
これらの貨車はヨンサントオ以降、運用が制限されたため、
識別する意味で車号記号に「ロ」の符号が冠され、
車体には黄色の帯が巻かれた。
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また、北海道内に運用が限定されたものについては
「道外禁止」に標記がなされたのである。
本書では貨物列車のスピードアップの歴史から、
ヨンサントオへの具体的施策、黄帯貨車の改番、標記、
分類に
つづいて各形式を解説する。

という淋しい現実があった様で。。。
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 それにしても、ヨンサントウ以降、
ロの符号の付いた車両の
車体には黄色の帯が入れられたと
共に
北海道内へ2段リンク改造が行われていない車両の
大半を
北海道内に押し込めるなど、いま考えれば、
随分と失礼な事をしていたような気がしないでもなく。
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 そんな黄帯を巻かれてしまった車両の中で
晩年、特に哀れな末路を辿ってしまったのが
      ヨ9000
という車両。
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 当時、2軸車ながら時速100km/hの走行を
実現させるために
従来の2軸貨車標準であった足回りを
一新し高速化へ対応させるなど、
色々な意味でセンセーショナルな車両だったようで。

 しかしながら、走行試験結果は芳しくなく、
高速化対応に期待を込めて車体に塗装された青15号に
65km/h制限車を示す黄帯を巻いた姿されてしまうという
チグハグな姿になってしまったようで。

 速度65km/h以上に対応できず黄帯を巻かれてしまった
車両の中に
旧い走り装置を持つからという事ではなく
当時では最新の装備を奢られた車両の中にも
淋しい末路を辿った車両が居たことを
心に留めておきたく。。。

 昔はホント、効能があるのか?と思うクスリが
沢山出ていたと思う さくら でございます…
真面目な話、このクスリで
治癒するのかと。。。m(__)m
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 さて、こちらではあまり馴染みのない車両というか、
私め自身も展示されたモノしか見たことのないシロモノ、
控車がクローズアップされた本がリリースされ。
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 そもそも控車、私めも知らなかったのですが、
控車自体は569両が在籍・・・
新製車両は1両もなく、全てが改造で賄われ。。。
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 そんな国鉄で扱われていた控車、
貨車などの入換え時に配線などの都合から、
入換え用の機関車とともに使用される車輌ということで、
操車場や駅構内などで使用される「構内用」(主に控室付)と、
連絡船の桟橋で使用される「航送用」(主に控室なし)とに
大別され、
国鉄時代に最初に設定されたヒ1000形
(称号改正でヒ1形に変更)にも
構内用と航送用の2種が存在。
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 航送用などは鉄道連絡船へ車輌を積み下ろす際、
重量のある入換え用の機関車を可動橋や連絡船に
載せないため、
貨車と機関車の間に連結して
使用されていたそうで。
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 また貨車からの改造のほか、中には2軸客車から
改造された車両もあったそうで、
形式図によると客車そのままの車体を有する
ヒ200という変わり種も存在していたそうで、
色々と興味深いものですよね。

 控車の最大勢力であったヒ600形、
これまでの控車と同じく2軸貨車からの改造で誕生した
形式ですが、
構内用、航送用の別はもちろん、
種車の違いによる差異、
工場により控室の形態の差異や、
用途に応じた推進運転設備や
お立ち台の設置など、
同一形式でも千差万別ともいうべき形態差が
あったみたいですね。
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 秋田に配置されていた控車の中には、
電車と連結するために密連を装備した控車もあり、
配置された場所に応じた改造も行われ、
こういった差異を見つけるのも楽しかったかもしれませんね。
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 私めも到着したこの「控車のすべて」を
読み終えたわけではありませんが、
私めの時間が空き次第、ゆっくりと本を読んでみたいもので。
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