さて、2月からブログの更新が
不定期というよりも滞り気味、
皆様のところにもお邪魔できず、
またレスも出来ずに恥ずかしい限りでございますが、
ことの起こりは2月4日まで遡り・・・
時間は18時20分過ぎ、私めがパソコンに向き合い、
医療控除申請の書類をまとめていた時の事。。。

 パソコン脇に置かれた電話が鳴り、
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すぐさま受話器を取ってみると私めの母親から・・・

「おばあちゃんの様子が変なの、
       急にフゥフゥって変な呼吸を…」

即座に「心不全か?」と頭をよぎった私、
自身が実家に行くまで救急要請
待たせるよりも
状況を考え、
すぐさま救急要請するよう伝え、
自身も部屋着から服を着替えて
実家に向けて手術後初めての猛ダッシュ。。。

 息を切らして実家に到着し、食卓に向かうと
顔を上向き加減気味にして椅子に座る祖母、
ここに来て状況を把握する・・・
左口角が下がり、話し掛けるも呂律障害、
ゆっくり話せば聞き取ることは可能、
また左上肢・左下肢は稼働可能なるも、
左上肢には違和感があったという。

 症状的には十中八九、間違いなく
      脳 梗 塞
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だろうということで、
母親に救急要請したことを確認したうえで指令室に℡、
更なる状況説明並びに出動隊を聞いてみると、
私が昨年まで所属していたC本署から・・・
この日、C救急隊長は自分の同期、
また救急車積載の電話番号も知っているという事で、
自らのスマホから連絡して状況を教えておくことに。

 ひとまず、連絡後に祖母の継続観察を続行しながら、
速やかに事が運ぶように、
住所・氏名・生年月日、既往等をメモ用紙に記載し、
到着時点で搬送用紙を記載する救急隊へ。

 救急隊到着後、観察から車内収容してバイタル測定、
私も心電図パットを貼付して波形を見てみると、
af波形・・・案外と年齢を重ねた方々に多く、
祖母もこのリズム不正の波形が出ていたのは
知っていたものの、
この波形以外にも頻発気味に期外収縮、
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血圧も脳の詰まったところへ
血流を送ろうとしているためなのか、
上が200を超えている。。。(汗)

 ただ、今回の脳梗塞と
思われる症状に対しての唯一の救い・・・
脳梗塞の発症時間がハッキリしている事、
症状発症から4.5時間以内であれば
血栓溶解療法のt-PA静注療法で血栓を溶かすか、
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もしくはMerciリトリーバーで血栓回収療法を行い、
なんとかなる可能性もあるということ。
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 珍しくも市民病院の救命センターも
空いていたのか収容可能、
しかし、搬送された先の市民病院で
衝撃的な事実を医師から聞かされる。

 MRIを行ったところ、病名は脳梗塞、
もともと、心疾患・脳血管障害に対応するために
抗凝固薬のバイアスピリンを服用していたので、 
不整脈等が原因による血の塊が
脳血管に詰まったのではなく
アテローム血栓が詰まったようだと・・・
これでは表だってt-PA静注療法を
行っても甲斐は無く、
Merciリトリーバーで血栓回収療法も
年齢が90歳超ということで、
リスクを考えると難しいと。

 自分自身も過去、
こういった脳梗塞を発症した患者さんを病院へ搬送し、
t-PA静注療法やMerciリトリーバーでの
血栓回収療法での治療中、
脳梗塞が要因の脳出血で亡くなる方もおり、
脳血管障害を発症した方の
様々な予後を聞いているだけに
こちらも無理にお願いをすることは出来ず。

 また、今回の脳梗塞部位の様子から見ると、
いま、左半身は稼働しているも、
2~3日中には左半身が完全にマヒし、
下手をすれば話すことも出来なくなると宣告される。

 また脳梗塞の急性期は安静第一、
約2週間はベッド上での生活を強いられ、
これが原因で認知症になる可能性も非常に高く、
暴れる方も居るので進退を拘束する許可
も欲しいと言われ。。。

 今まで健康に過ごしてきた祖母、
ここに来て脳梗塞が原因により左半身マヒになっていく
姿を見せつけられるのでは自分たちも忍びない、
何とも言えない無力感に襲われる。

 こういった事実を突きつけられ、
どのくらいの期間になるか不明なるも入院となる祖母を
病室まで付き添ったのちに病院をあとにする。

 この時に祖母に点滴されていたモノは
ラクテックと
エダラボン
脳保護を目的とした
フリーラジカル・スカベンジャーといわれる薬剤、
そもそも 急性の脳虚血発作や脳梗塞後の
血流再開時に発生する
ラジカルを捕えて
脳神経を保護する働きを持つ薬ということで、
最近は筋萎縮性側索硬化症にも用いられ、
脳梗塞発症後の朝夕2回、
約2週間しか使用できないという
期間限定で用いられるモノ。
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 翌日は自身も勤務という事で夕方、
恐る恐る母親に祖母の状況を尋ねてみると、
病室でしっかりとリハビリしていたと・・・
仕事明けで自身も病院を訪ねると手足はしっかりと動き、
トイレに行く際はベッドから自身の足で立ち上がり
車いすに乗り移る事も可能。
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 この状況下で約3週間ちょっとの入院ということで、
ベッド上でボーっと過ごさせるのではなく、
認知症にさせないためにも仕事休みの日は極力、
顔を出し・・・
その後、再度MRIによる撮影を行い、
脳梗塞になってしまった部分の鮮明化が進んだものの、
医師に宣告された症状は出ることもなく、
2月下旬に市民病院を退院。

 翌々日にはリハビリに特化した病院に再入院、
約1か月に渡り、構音障害の残る状況からの発声法や
3週間の入院で落ちてしまった筋力を復活させるため、
様々な理学療法等を行い本日退院の運びになり・・・
従前の通りスムーズな発声は厳しいとはいえども、
ゆっくり話すように心がければ、構音障害も気にならず、
下手をすると脳梗塞発症前よりも今回のリハビリで
足の運びがスムーズになったような気も致しますが、
今回、祖母が発症したことにより
色々な事を教えられた脳梗塞、
改めて時間勝負の病なのだと
つくづく知らしめられ 。。。