続? さくら の のほほん道楽絵巻

仕事よりも趣味最優先・・・毎年の目標は趣味道精進! そろそろ家族に捨てられそう。。。(汗;)

日々の備忘録。。。

カテゴリ: アンティーク?

 日本の延命治療の実態・・・
ですが、延命に対する違和感
色々と記載されており、
仰る通りと思った さくら でございます・・・
武漢ウィルスが猛威を振るう昨今ですが、
こういった事も見直した方が良いのかと。。。m((_ _))m
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 さて、忘れた頃の入札しては落札をしていた
古の琺瑯看板・・・
今回は入札してもどのみち落札は出来ないであろう、
と呑気に構えていたら落札していた訳で。。。(滝汗;)
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 ということで、女房サマの目を盗んで
わが家に到着したのは3枚の看板、

・アイキヨーランプ
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・ニッケン染
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・太陽アルミニウム
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といったモノ。

 それぞれの看板について色々と調べてみたところ、
アイキヨーランプについては・・・

 戦争末期に真空管製造をしていた石塚硝子、
戦後、占領軍から真空管製造が禁止されたため、
真空管製造技術を活かして電球用バルブの製造開始。
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 その後、東芝電気系の昭和真空工業株式会社と
技術提携し
電球を作ることになり、
愛知にある石塚硝子の「愛」と
京都にある昭和真空の「京」とを組み合わせ、
愛京電気株式会社を設立、
電球(アイキョーランプ)の製造となったそうで。
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 一方、ニッケン染については、
色々と調べてみるも該当がなく
潔く断念・・・
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また、太陽アルミニウムについても
調べてみるもやかんが出てきた程度で
詳細不明ときたもので。。。
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 琺瑯看板に描かれたメーカーも
既に廃業している会社も多いようで、
わが家にある琺瑯看板のうち、
どの位のメーカーが存続しているのか
非常に気になるところでして。。。

 とりあえず、S字フックも購入し、
ヒマを見て車庫の天井から吊るしたいと思いますが、
夏の暑さが過ぎてからにしようかと
悩んでいるところでして。。。(情)
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 胡散臭すぎて相手にされないのか、
それとも気を遣ってなのか知りませんが、
試験にズッコケた事実
はしっかりと伝えないといけない
と思う さくら でございます・・・
マスゴミって余計なニュースは流す割には
肝心な事を伝えぬゴミ奴らだな、と。。。m((_ _))m
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 さて、ひょんなことから
7年半ほど前に入手してしまった
国立競技場のマンホール
当時の国立競技場建て替えに伴い
放出された逸品?
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 そんな国立競技場マンホールの裏側は
見事なサビサビ状態ということで、
3年ほど前に裏面だけは
黒色に塗装を行い。
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 そんなマンホールの方も静かに車庫内にて
絶賛保管中ではありますが、
たまたま私めの友人から電話があり、
国立競技場のマンホール
Y!のつくナラズモノオークション
出品されているというハナシ。
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 オークションを覗いてみると、
確かにステキなお値段では出ているものの、
入札開始価格が高すぎて入札する人はいないのでは?
といった感じで。
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 そんな我が家の国立競技場マンホール、
裏面はサビを落として黒色にて
スプレーしておいただけにまだまだキレイ♪
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 今さらながらではございますが、
マンホール下部に表現されている
HASEGAWA FOUNDRY CO
とは何ぞや?ということで、
8年目にして調べてみることに。
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 このHASEGAWA FOUNDRY CO、
正式名は長谷川鋳工所
場所は
埼玉県川口市にあるそうで、
この国立競技場のマンホール
ココの製造されたものらしく、
今になってその事実を知りまして。。。(汗;)
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 とりあえず、我が家にやってから
7年半という月日が流れましたが 
限定の20枚で販売された
国立競技場のマンホール、
実際の現存数が知りたいような。
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 正直、バカ内閣のパルプンテ計画おかげで、
ここ最近は自宅療養する新型コロナ陽性者から
血中酸素飽和度の低下での要請が増え、
さり気なく悩みのタネになってる
と思う さくら でございます・・・
この配布された器械の数値が正確ではなく。。。m((_ _#))m
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 さて、最近は琺瑯看板の入手が
滞っている感じも致しますが、
たまたまY!のつくナラズモノオークション
琺瑯看板絡みの検索をしていると、
BOSCHのスパークプラグの看板が出品されており、
ひとまず入札をしておくことに。

 特にライバルも現れることもなく無事に落札、
モノも方も数日で到着しモノの確認をしておくことに・・・
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落札ブツの方は
BOSCH ボッシュ 金属看板 ブリキ看板
  ホーロー看板 ヴィンテージ スパークプラグ
ということで
見た目の雰囲気は錆びれた雰囲気。。。
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 手に持った感覚から草臥れ度合いは伝わってこず、
看板を裏返してみると
ヒジョーにキレイな状態
の看板。(苦笑)
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 早い話、金属板に草臥れ度合いの強い
BOSCHのスパークプラグのイラストを
印刷したといったシロモノ。
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 看板自体の錆びやら草臥れ具合が
上手く表現されておりますが、
触り心地は新しい看板そのもの・・・
錆びの粉末は落ちてくることを考えれば
宜しいのかもしれませんが。。。(笑)
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 とりあえず、看板の方を飾りたいと思いますが、
ハコスカのラジエーターグリルの脇に飾るか、
何か琺瑯看板を外すか、今しばらく飾る場所に
関して悩んでみようかと。。。(悩)
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 温室効果ガス46%削減
などという大見栄を切るから
稼働40年超の原発を
運用基準を変更してまで再開する・・・
    本末転倒な国
だと思う さくら でございます。。。m((_ _))m
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 さて、ヤンマーの琺瑯看板移設作業の続きということで、
1
前回は車庫内の柱にL字金具を
取付ける作業を行いましたが、
今回は車庫の柱間に設置したL字金具のサイズに合わせ、
OSBボードの横幅191㎝から140㎝に縮小、
また、看板のサイズが大型ということで、
縦幅91㎝を45.5cmで切断、1枚と半分のボードを組合わせ、
縦幅130㎝チョットのサイズにする寸法。

 OSBボードの切断を前に
各々、切断するサイズに目印を
付けてから切断作業を実施。
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 板切断に際してはジグソーを使用、
ジグソーの電源として、いつもの発電機と延長コードを準備、
OSBボードの切断にかかる!
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 それぞれのサイズに切り分け、
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メインのボードと半分に切断したボードを
マルチホールの板を用いて木ネジで固定後、
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延長部分となる側の木ネジを外して離脱。
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 メイン側のボードを車庫内に移動させ、
L字金具を準備した部分にはめ込み、
木ネジで固定するといった具合、
最後に延長部分を併せて木ネジで固定すれば
展示ボードの完成!
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 お次に看板を固定していきますが、
とりあえず、御誂えサイズの木ネジ8本にて
琺瑯看板を固定、なかなか見栄えの良いご様子で。
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 もう1枚の看板の固定も
同様の方法で作業を行いますが、 
さすがに2回目の作業となると
作業時間も短くなり♪
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 これで車庫内の懸念事項が解決となりますが、
1年半後に東日本大震災発生・・・(汗;)

 ちなみに今回の作業が以前の作業のような事態に
結びつくことがないことを祈りたいばかりですが、
この道楽部屋の作業を行った時に勤務していた職場・・・
私めが今年の4月に異動した今の職場と同じなのは
偶然なのかそれとも。。。(悩)
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 この時の作業も異動直後に地震対策を行ったのですが、
今回も異動直後に作業を行ってしまい、
変なことにつながらなければイイのですが。。。(悩)

 日本が誇る能天気首相・・・
ホントに緊急事態宣言の意味
を分かっているのか
小一時間ほど問い詰めたい 
と思うさくら でございます。。。m((_ _))m
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 さて、私めが今まで気になりながらも
二の足を踏んでいた作業を
ここにきてやっと実行に移すことに!

 そんな作業の内容の方は
車庫内に飾られた大型の琺瑯看板・・・
モノはヤンマーの
田植機と防除機の琺瑯看板ということで、
Y!のつくナラズモノオークションにて落札。。。
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 サイズもビックサイズながら
格安で入手した覚えがございますが、
サイズのおかげで発送費も
ソコソコのお値段になった覚えがあり・・・il||li _| ̄|○ il||li

 そんな琺瑯看板も車庫の壁に吊り下げておりましたが、
地震が来た際に大きく揺れかねない、
また揺れ初めの突き上げ等で落下しかねないということで、
太めの釣り糸で看板を抑えていたものの、
速やかに吊り下げる形から定置固定できるよう、
飾る方法を変えたかったわけで。

 以前、ワンサイズ小さなタイプのヤンマー琺瑯看板を
吊り下げ方式からボード固定にしましたが、
やはりコチラの固定方法の方が
地震の揺れが来た際も安心かと。
2

 ということで、いつものホームセンターに出向き、
購入してきたのは前回、鉄道銘板を飾る際に使用した
OSBボード 
当初コンパネを使用しようかと思いましたが、
値段の面で負けまして。。。il||li _| ̄|○ il||li
3
 ひとまず、購入してきたOSBボードは3枚、
設置場所はランクル側の奥にそれぞれ飾る予定、
ランクルを出して設置準備にかかる。
4
 OSBボードの加工に入る前に車庫の柱部分に
L字金具を取付け、
5
もう一か所の方は1枚目の看板を取付けてから作業を・・・
L字金具は車庫を接合するために取付けられた
ボルト・ナットと共締めして固定、
一応、4か所分のL字金具を車庫に取付ける。
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7
 ひとまず今回はここまでにしたいと思いますが、
ここまで作業は順調に進み、
あっさりとここまで進むとは思ってもみなかった訳で。(汗;)

ごとう てるき・・・
ちょっぴり都知事になっても面白いかな?
と思う さくら でございます・・・
目指せ!東京転覆。。。m((_ _))m
後藤輝樹政見放送
 さて、我が家の方には様々な琺瑯看板が
人目を忍んで到着しておりますが、
今回も人目を忍んでどころか、
私めの仕事の日を狙って到着しているのでは?
と思うようなタイミングで自宅にご到着♪(滝汗;)
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 そんな琺瑯看板の方は・・・

宇部尿素 宇部興産特約店
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といったもの。

 そもそも、尿素と聞いてしまうと、
私め的には肥料を思い浮かべるのですが、
乾燥肌対策などでクリームや化粧品などに繁用されるほか、
最近は排ガス浄化システムに用いられるアドブルー、
こちらで用いられる尿素は尿素SCRシステムにおいて
触媒として用いられるいうで。
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 今回の看板とは話が逸れてしまいますが、
尿素は1773年に発見され、
タンパク質をはじめとした窒素化合物を取り入れ
不要にな分は
分解して尿と一緒に排泄、
その尿の中に尿素が含まれるそうで。
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 尿の中から発見されたため、
その名付けられた訳ですが、
工業分野や農業分野、そして化学分野においても
非常に重要な化合物だそうで。
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 そんな宇部尿素の看板、状態はソコソコ・・・
裏面はガムテープのような跡が残り残念な状況ですが、
どのみち裏面になるため、飾るには問題なく♪
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 これまで、電化軍配肥料やら
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クレハ 過燐酸石灰などという
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看板を入手してまいりましたが、
当時モノの看板も色々と見ていて楽しいモノが多く、
今後も人目を忍んで入手していきたいと思い。。。(汗;)

 今年はホント、色々な出来事があり過ぎて、
気持ちと身体が追いついていない
ような気がする さくら でございます・・・
どこかに出かけて
ホント、ノンビリしたいところですが、
武漢ウイルスの件もあり、
とにかく慌ただしさだけが
際立っていた
ような。。。m((_ _))m
photo
 さて、私めの実家納屋から発見された
3枚の集合写真、
いまから100年近く前の写真ということで、
私めが生まれるずっと前に早逝した曽祖父
集合写真の中に写っており。

 しっかりとした額縁に収められているものの、
外枠部分に取り付けられた裏板の押さえが失われていたり、
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ガラスや裏板が失われ外枠部分しかないものもあり、
早急に修理を行いたいと。
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 いつものホームセンターにて購入してきたのは、
1本の棒と合板を購入、
自宅に戻ってさっそく作業を開始!
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 とりあえず、比較的原形をとどめており、
外枠に取り付けられた裏板押さえが
取れてしまっている額縁から修理、
元々残っている押さえ部分のサイズを参考に
同じようなサイズにプラモ用ノコを使って切断!
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 裏板を外して写真、ガラスを外してから
作業を行いますが、
中からは当時の新聞が裏板と写真との間に挟まれており、
歴史を感じ・・・
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一方、外枠部分に取り付けられていたはずの
押さえが無くなってしまい釘のみが残っており、
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釘を抜く際に額縁に傷がつかぬよう
床材に使用される厚手のシートを使用して釘抜き。
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 とりあえず、新しい裏板押さえに
しっかりと目星をつけて釘打ち作業、  
あくまでオリジナル部分が残っていればそのまま使用、
紛失部分は押さえの再設置といった具合に作業を進め。
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 外枠しか残っていない物に関しては
裏板押さえの再設置と購入した合板に計測したサイズで
切り出して裏板を作り。
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 掃除できる部分はしっかりと埃を払うなどの清掃を行い、
1時間半ほどで作業は完了・・・
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私め的には満足いく作業となりましたが、
残念ながら1枚だけガラスの無いものがあり、
ガラスの入手は行っておきたいですね、
どの位のお値段になるんでしょ???(悩)
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 私めの曽祖父が写った貴重な集合写真が2枚、
もう1枚の集合写真にも私めのご先祖さまが
撮影されているようですが、
誰が誰だか分からないといった事態・・・
このまま迷宮入りさせるわけにもいかず、
必ず突き止めてみたいと。。。(悩)

     武漢ウイルス・・・
日本での感染拡大に関しては
     人  災
3382
だと思う さくら でございます・・・
結局、能天気なコイツ
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A級戦犯みたいなもんですかね、
マスク配るよりも病院を建てた方が
何百万倍もお利口かと。。。m((_ _#))m
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 さて、相変わらず我が家に到着する古看板・・・
前回はクボタ農業機械愛用者の小さい看板
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が到着いたしましたが、
今回は通常サイズの琺瑯看板が♪
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 そんな看板の方は
    キッコーカン
ということで、「マン」ではなく「カン」・・・
漢字も「萬」ではなく「寛」。。。(苦笑)
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 亀甲印だけでもおめでたそうな雰囲気
が漂いますが、
フリー百科事典を参考にしてみると、
そもそもキッコーカンの大元は和田寛食料工業㈱、
青森県十和田市に本社を置く調味料の製造メーカー
醤油や味噌、つゆ等の製造し販売・・・
しかしながら、同社は昭和61年に倒産。。。
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 その後、破産などを経て名古屋市の食品商社イズミックが
経営権・生産設備を取得し、現在のワダカンに至るそうで。

 一方、肝心の琺瑯看板・・・
比較的、サビも少なく状態は良好♪
亀甲マークの真ん中には「寛」の一文字、
なかなか目立ち度満点のようで。。。
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 さっそく車庫におめでたい亀甲印の
キッコーカンの看板を吊るしましたが、
看板を飾ってから気がついたこと・・・
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亀甲印の看板って、我が家にもう1枚あったよな?と、
考えていると、
ランクルの奥にキッコーナンの看板が
あったことを思い出し。。。
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 どうも並べてみると、
図柄が同系列の人に見えて
仕方がない さくら でございます・・・
革命家エスキモーのおじさん
なんですが。。。m((_ _))m
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 さて、ここ最近チョクチョク到着する
看板シリーズ・・・
今回、我が家に到着したのは1枚の琺瑯看板。
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 そんな包装用の紙ケースには
クボタ農業機械愛用者標
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と仰々しく記載されており、
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一応は実家で所有するトラクター
名立たる
      クボタ製
ということで同社の愛用者で間違いなく。。。(汗;)
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 到着した看板を見てみると
看板にも
    クボタ農業機械愛用者
と記載されており、
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モノの状態からみると非常にキレイな一品、
恐らく新品で間違いなかろうかと。
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 そんな琺瑯看板を袋から出してみると、
看板の裏には説明書のようなものが入っており、
一応、その説明書きを読んでみると・・・
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ご愛用者各位に対してのコメントが
記載されており。。。
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 看板も天井からブラ下げるには
サイズが小さくイマイチの予感、
今後、ランクル脇の掲示箇所にクボタ看板を
飾ろうかと考えており。

 附属品としてサビ気味ですが、
細い釘も同梱されており、
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クボタ農業機械の愛用者として
看板の掲示を行っておきたい所存で♪

 出勤者を最低7~8割は減らしてほしい
などと、トンチンカンなことを
言っている方がいらっしゃいますが、
しっかりと休業補償をしてくれる前提
なら納得できる さくら でございます・・・
麻生といい、安倍といい、自分ファーストで
国民の事なんぞは二の次、
しっかりと考えていないんでしょうねぇ。。。m((_ _))m
K10012
 さて、3月に到着した元祖 三筋豆炭
琺瑯看板に引き続いて、
今回もついつい看板を。。。(汗;)
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 今回到着したのはいつもの琺瑯製ではなく、
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黄色く透明な樹脂製の看板、
ニギリ矢印という看板・・・
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落札した看板代よりも送料の方が
高くなるといった珍現象が。(笑)
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 そんな
ニギリ矢印
という看板の商標・・・
そもそもは日軽アルミの前身 
那須アルミニューム器具製造所が
この商標を使用。
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 ネット上からこの看板の商標について
探索してみると1本目の矢は会社、
2本目の矢は従業員、3本目の矢はお得意様の
3本の矢がガッチリと組むことにより栄える
という文言が由来のひとつになるようで。
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 そんな樹脂製の看板、
モノ的に図柄から見てみても
旧いモノではないかもしれませんが、
飾っておけば充分に雰囲気は楽しめるのでないかと。
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 ひとまず、車庫内に飾ってみましたが、
従前の琺瑯製看板に比べると黄色一色で地味なせいか、
飾ってみても図柄が目立たないことに気がつき。。。(淋)
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  有名な「くまのこどう」・・・
この漢字について、
    熊の子道
だと、つい数年前まで
思っていた さくら でございます・・・
熊野古道と気がついたのは。。。m((_ _;))m
くまの子道
 さて、最近はとんとご無沙汰気味になっていた
    昔のホーロー看板
正直、千円チョットから数万円単位まで
ナラズモノオークションでは
色々と出品されており。

 やはり、安く出品されているものは
サビも多く、誠に残念な状況のモノが多く、
安くて状態の良いモノを入手したいのがホンネ。

 たまたま今回はある程度は状態が良く、
3千円で出品されていた
     「元祖 三筋豆炭」
のホーロー看板を落札♪
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 練炭やら豆炭関連のホーロー看板を落札するのは
十全の豆炭
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マルフジ練炭
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に引き続き3枚目、
今までの練炭・豆炭系の看板の中では
一番状態がよろしゅうかと。
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 ちなみに三筋豆炭、ネットにて調べてみると、
現在は「株式会社 ミスジ」として運営しているようですが、
会社の沿革を見てみると、
・大正9年 豆炭を発明
・大正10年10月 大阪市大正区に
         川澄煉炭株式会社を設立
            豆炭の製造販売を開始
・昭和48年4月 株式会社ミスジに社名変更
などといった歴史を。
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 ひとまず、ホーロー看板の方は
ほかの豆炭・練炭看板と並べて飾りたいと思いますが、
車庫内に飾ってあるホーロー看板自体、
もう少し暖かくなったら車庫に籠って
配置の刷新も行っておこうかと。
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 とある大型スーパーで
個室に入って用を足していたところ、
突然扉が開くというミラクル発生!
人が居なくて良かったと思う さくら でございます・・・
カギのしまりが悪かったようで。。。m((_ _;))m
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 さて、牛歩状態で作業を行っていた
国立競技場のマンホール・・・
そろそろサビ落とし飽きてきた、否、ゴールも見えたので
今度はサビ落としを終えた部分を塗装しておくことに。
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 とりあえず、表面となる部分には
養生テープと新聞紙を用いてマスキングを行い、
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クルマの下廻りの塗装に用いる
シャーシブラック
にて塗装を。
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 本来であれば、しっかりとサビ止め塗装を行ってから
塗装を行うのがスジですが、
ひとまずはサビて残念な姿を隠蔽したい
という気持ちが強く。。。(汗)
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 そんな塗装作業を行うも、
塗料の吸い込みが宜しゅうのか、
度重なる塗装も2~3回では塗装面がイマイチ
という事で
徹底的に塗装を!
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 さすがに4~5回ほど重ね塗りを行ってくると、
塗装面もある程度はカサツキも無くなると同時に
私め自身も有機溶剤の薫りに酔ってくる。。。(滝汗;)
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 このあと、天日干しで3時間ほど放置し、
マスキングを剥がして終了となりますが、
本来であればさっさと
終わらせておきたかった塗装作業という事で、
やっとマンホールに関しては一段落がついたような。。。
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 先日、息子クンの卒業式という事で、
私めの卒業した小学校に・・・
娘チャン・息子クンの入学で27年ぶりに
足を踏み入れた
小学校、
息子クンの卒業をもって、
また小学校に行く機会が無くなると思うと
淋しい気持ちの さくら でございます。。。m((_ _))m
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 さて、いまから4年半ほど前・・・
自宅に到着した1枚のマンホール、
記念すべき逸品という事で、
私めも何気なしに申し込んでしまった
「国立競技場」と刻印されたマンホール。。。
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 一応、限定20枚という言葉に惑わされた訳でも無く、
1枚2万円という事もあり、
記念に購入できればいいなぁ~、と思いつつ、
どのみち20枚限定ということで、
スグ応募締め切りで残念賞と思いつつ申込みしたところ、
あえなく応募完了!といった経緯を経て我が家に。。。(苦笑;)
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 そんなマンホール、
約50年に渡り人々に踏まれ、
国立競技場を見守り続け、
今度は我が家で踏まれることなく大事に・・・
ただ、その前に裏面のサビをなんとかしたいと。。。

 ということで、ここ数日は天気が良く、
風が吹かぬ日を狙って
サビ落としを敢行しておりますが、
折からの花粉症に苦しめられ、
まともに作業が進んでおらず。(嘆)
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 ひとまずは数日中に作業を終えて
裏面の塗装に入りたいと考えておりますが、
作業と引き換えに酷くなっていく私めの花粉症の症状、
このままでは作業が長引く様な
気がしないでもなく。。。(汗)

 家族の留守中、久々にひとりでコソ~リ!と食べた
チキンマックナゲット15ピース
昼食に食したものの、夕方には
     胸ヤケ
していた さくら でございます・・・
やはり、寄る年波には胃も耐えられなかった
のかと。。。m((_ _;))m
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 さて昨日の朝、新聞を読んでいた時のこと、
地域欄を読んでいると、
チョイト気になった記事が・・・ 

「転がっていた」縁起物
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ということで、
畑で収集したガラス製のおはじきやら
泥面子というモノ
に関しての
記事が記載されており。。。

  我が実家の畑からは色々と古銭が出てきておりますが、
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これ以外にも畑から出土しているものがあり、
チョット私め、ピンときた!モノが。。。
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 実家の畑からガラス製のおはじきやら、
平べったく丸い素焼きっぽいモノなど、
全て実家の畑から出てきたもの。
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 実際にこれまでも実家の畑からは
私めが子供の頃、畑で遊んでいると、
ガラス製のおはじきは幾つも出てきており、
記事を読む限りでは明治時代のモノと。
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 恐らく、昔にでも畑に打ち捨てられたものが
未だに出てきているのかもしれませんが、
今回の記事でもう一つ気になったモノが。

 田畑の豊作やら厄除けを願い
畑の四隅に埋められたという
泥面子(どろめんこ)
というモノ・・・
縁起物として畑の四隅に埋められたものが
忘れ去られ、近年になり畑が耕された際に
出てきているようで。
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 そんな我が家でも実は気になるモノがひとつ・・・
新聞記事を参考にすると、
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大黒天さまの泥面子?

とでもいえばいいのか分かりませんが、
数年前に私めが無断耕作の畑の草刈りをしている最中に
たまたま発見し、そのまま車庫で保管していたもの。。。
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 正直、私めも発見当時は意味も分からず、
縁起物というよりは当初、
気味の悪いモノ
という印象・・・
何で畑から出てくるねんッ!と思うも、
ただ、大黒天さまという事もあり、
無下にも出来ず。。。(汗)
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 とりあえず今回、この大黒天さまの正体がわかり、
歴史的に見れば江戸時代のモノらしく・・・
私めの住む地域が江戸時代に
新田として開拓されたことを考えれば、 
この大黒天さまの泥面子を五穀豊穣の為に
畑の四隅などに埋めたと合点がいき。
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 当時、私めの先祖が願いを込めて埋めたモノであれば、
畑の中で時代を超えて姿を現し、私めの手元に・・・
何とも興味深い一品のような。。。

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 職場内で始まってしまったハゲ談義、
残念な姿になる前からスキンヘッドにしていた私めも参加!
散々、ハゲネタ談義で盛り上がり、最終的には
カツラは反則
だという事に話を
落ち着かせた さくら でございます。。。m((_ _))m
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 さて、私めの足回りが不調になる前の
古い話になりますが、
方位除けツアーに訪れた
中山法華経寺にある鬼子母神・・・
あのお祓いのあとに境内を散策していた訳ですが、
前から気になっていたものがひとつ。。。
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 境内に設置されている
地上式双口消火栓
というもの・・・
積雪のある地域では多々設置されているようですが、
雪の少ないこちらでは、あまり目にしなくなったシロモノ、
地上式消火栓自体は「水道用地上式消火セン」として
規定され、
昭和44年に日本水道協会の
規格としては廃止。。。

 私めもこの近隣などで知っている限りでは、
ここ中山法華経寺内と、女房サマの実家近くに
設置されているくらいの話で、
ホントお姿を拝むのこと自体が珍しいような。

 そんな中山法華経寺内の地上式消火栓、
鬼子母神から祖師堂裏手に通じる道脇と
祖師堂を正面から見て斜め左前に鎮座。
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 祖師堂脇のモノは新品なのか、
それとも再塗装をしたのかは定かではありませんが、
まだピカピカの状態。。。
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 もう一方の消火栓のほうは塗装も草臥れて、
年季を感じさせる一品・・・
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 私めも唯一残念といえば、
家族の動向を見守りながら撮影していたこともあり、
メーカーをしっかりと確認しなかったこと。。。
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 いずれにせよ、備えあれば憂いなしということで、
この消火栓が活躍しないことを祈るばかりでして。。。

 テレビで金髪の事に関して放送されていましたが、
再びスキンヘッドに戻した私め、
染めるにも染められない さくら でございます・・・
染めるのであれば下のお毛けぐらいしか。。。m((_ _;))m
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 さて、桜の花見ツアーと称して、
1人ツーリングに出かけた私め・・・
思惑ははずれ、ソメイヨシノは全滅、
牡丹桜で花見を楽しんできた訳ですが、
帰りの道中、面白い案内標識を見つけ。。。
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 ひとまず、目的地までは400mほど、
到着した地は・・・
   道作古墳群
という千葉県印西市にある古墳。。。
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 過去にこの道の前を通過しているはずですが、
とあるマップで確認してみると
当時は木々に覆われていた様子、
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そんな道作古墳、古墳時代後期の6世紀後半ごろに
造られた古墳群、
前方後円墳9基、円墳12基がこの地に造られたそうで。
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 まだ整備途上なのかもしれませんが、
古墳上に繁茂していた木々は伐採され、
ようやく古墳の全貌が見えた雰囲気・・・
この古墳群で最大の道作1号墳で墳丘長46m、
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日本最大規模を誇る仁徳天皇陵の墳丘長に比べてしまえば
10分の1サイズでコンパクトなのかもしれませんが、
実際の1号墳のサイズでも充分に大きいものと感じ。。。
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 このほか、前方後円墳や円墳などが複数点在し、
全てを見ることはできなかったのですが、 
古墳時代後期、この地でのどんな生活を送っていたのか
気になるところですよねぇ。
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 そんな道作古墳群をあとに田園地帯を抜けて、
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途中、迷子になりながらもスーパ-国道を抜けて
12時チョッと過ぎには何とか帰宅、
走行距離80kmチョットの行程でしたが、
これから迎えるツーリングシーズンに向けての
足慣らしには丁度良かったのかな?と。
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 この忙しい時期に我が家で
インフルエンザと胃腸炎が同居・・・
女房サマ、インフルでダウン、
息子クン 一昨日ベッド上で自爆テロ・・・
誠に残念な状況
になっている さくら家 でございます。。。m((_ _))m
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 さて随分と前の話、人様から頂いたものを
記事にするのは
誠に恐縮ではございますが、
前にもお話した楷書体の5円玉・・・
文字が「日本國」と旧字体のモノ。
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 そんな旧タイプの5円玉が我が家に10枚ほどありますが、
古いもので昭和24年に製造されたもの、
一番新しいモノで昭和33年製造といった具合、
翌昭和34年製からゴシック体に変更されるそうで。
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 そんな中、数ヶ月前の話となりますが、
ある方から穴の開いていない旧5円玉を頂き・・・
このタイプの硬貨を直接見たのは初めて。。。
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 自宅の旧字体の5円玉、
現行のものと同様に文字以外に
表面には稲穂と歯車と水、
裏面には双葉の図柄。
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一方、上の旧5円玉の表面に国会議事堂、
裏面には鳩と梅花といった具合。


 ちなみにフリーな百科事典から抜粋してみると・・・

 昭和23年から昭和24年にかけて
製造されたものは、
現在の五円硬貨とデザインが
異なるもので、ギザ付・無孔であった。
しかし、物価の上昇が続いており、
重量を減らす必要があったため、
昭和24年に有孔のものに変更された。

 昭和24年から昭和33年にかけて製造されたものは、
現行の五円硬貨と基本デザインは同じだが、
書体が楷書体で、
かつ「国」が旧字体の「國」になっており、
筆五などと呼ばれている。
なお、昭和32年銘のものは
希少(製造数1000万枚)であり、
しばしば高値で取引される。

だそうで。。。

 色々と歴史のある5円玉・・・
普段、財布の中にあると、
私めはさっさと使ってしまう傾向がございますが、
改めて5円玉、色々と歴史を知り、
初めて素性を知ったような。。。
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 また、貴重な5円玉をお譲り頂いた、
Aさま、いまさらではございますが、
ありがとうございました。。。m((_ _))m

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 息子クンが前に走るトヨタの
ISIS(アイシス)
文字を見て一言、
「あ!イスラム国のクルマだ!!」
やっと我が家のランクル70も、
ダティーなイメージが払拭できるか?
と思う さくら でございます。。。m(_ _)m
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 さて、私めがお仕事で駐車場で待機中、
駐車場奥に気になる土手を見続け、はや9年・・・
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たまたま、クルマのナビゲーションを弄っていると、
下総小金中野牧跡
という文字が目に入り、
スマホにて調べていると、
私めもビックリの事実が・・・

 某病院の駐車場に残る野馬土手です。
初富の捕込に野馬を追い込むための
「追い込み土手」だったようです。
200メートル以上の長さの立派な土手が、
まさにむき出しの状態で連なっていますので、
見ると驚きます。

まさに面前で見ているものが、
説明文のソレだったようで。。。
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 そんな野馬土手、それって何ぞや?ということで、
下総小金中野牧跡で調べてみると・・・
 江戸幕府は、軍馬を確保するため下総地方に
小金牧・佐倉牧を設置した。
 市域の台地上のほとんどは小金五牧のうちの
中野牧に属した。
 牧では最盛期には1,000頭もの野馬が野放し飼いにされ、
通常は餌などが与えられないため、野馬が村に入り
畑の作物を
食い荒らすこともあった。
そのため、村人は野馬が入ってこないように
村と牧との境に野馬除けの土手を築いた。
 また野馬を水呑み場や捕込へ効率的に誘導するための
土手(勢子土手という)が築かれた。
これらを合わせて野馬土手とよぶ。
 なお、勢子土手は幕府の手当てにより作られたが、
野馬除土手の築造、補修はすべて村の負担で
行われたという。
 かつて野馬土手は市内各所に所在していたが、
開発等に伴い年々減少してきている。
そこで永く保護・保存するために
この
初富小学校校庭横に所在する野馬土手は
捕込と共に国史跡に指定された。
 この野馬土手は勢子土手と呼ばれる
種類の野馬土手である。
だそうで。。。
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 また、上記の野馬土手とは違い、
馬を一カ所に追い込んで捕まえるための捕込と呼ばれる
施設があったようで、この地域は土手が袋状の“込”に
なっており、
これを指す地名があることを考えれば、
この近辺には江戸幕府に関連した施設が色々あったようで。
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 何気ない風景の中にも、こういった歴史があるものを
間近で見ていたことに気がついた私め、
まさか、江戸時代の遺構を
9年近く見続けていたとは。。。(汗)

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 上の画像、郵便局のマスコットとして有名だと思いますが、
   正式名は?









私め気になって調べたところ、
  ナンバーくん
と言うお名前だそうで・・・
ひとつ、お利口さんになった
気がする さくら でございます。。。m((_ _))m

 さて、たまたま正月に
実家の集まりに行ったところ、
私めの父上サマから、面白いものを見せられ・・・
ひとつは昔、都電で使用されていた
切符でございますが、
もうひとつは。。。
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 なにやら、赤い表紙に中は印刷?された和紙が
袋綴じされ
大和綴じによる製本により装丁。
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 色々と記載されている字句を見ていくと、
読み仮名つきの単漢字やら、江戸時代の街道筋の地名、
十二支、十干(じっかん)などが記載されており、
どちらかというと、辞書というよりも
当時の便利帳に近い印象。
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 そんな十二支の脇には、
天保十五 甲辰年
と記載、さらに
馬喰町四丁目 菊屋 幸三郎 
東都書林 福井町
山崎屋 清七
と、ヒントになるようなことが記載されており・・・
ちなみに天保15年といえば、
江戸時代も末期に近づき、
西暦でいう1844年だそうで。。。
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 この本自体は、私めの父上サマの実家にあったそうで、
一体誰が、いつの時代に購入したのかは不明、
ただ、私めの父方の祖父は元々、
東京の九段下近辺に住んでいたことが分かっており、
近隣の神保町あたりで購入した
可能性も考えられるわけで。。。
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 色々とネット上で調べてみるも、分かったことは、
・菊屋 幸三郎と山崎屋 清七は東都書林の出版者
実際にこの2人が出版者として記載されているものが
幾つかありますが、
如何せん、天保15年に出版された本が
見当たらないのも事実、
なかなか、難攻不落の捜索作業になりそうですが、
もう少し根気よく探してみようかと。。。

 泥酔にストリーキング・・・
出来ればこういった サンタさんには
来て欲しくない
と思う さくら でございます。。。Σ(゚Д゚ノ)ノオイオイ!
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 さて、私めの実家で眠っていた小銭の集団、
1円・5円・10円と大量に溜め込んでおりまして、
私めが小学生時代から高校生位まで
溜め込んでいたもの。。。
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 ただ、実家からも先日のバイクパーツのように
排除命令が下され
実家から引上げることに。
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 ただ、ココで気になるのが私めが個人的に集めている
   ギザ10旧字体の5円玉、
間違いなくこの小銭群に中にも
入り込んでいるということで、
10円玉・5円玉と、それぞれ捜索活動に。。。
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 ただ、10円玉に関しては大量に集め過ぎてしまい、
捜索活動は難航・・・
4時間ほどを要して、
ソコソコの枚数をサルベージしまして。。。(疲)
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 一方の5円玉、目的は旧字体のモノ、
現行のものは「日本国」と記載されておりますが、
旧字体仕様のものは「日本國」と・・・
現在までに4枚ほど所有しておりますが、
もしかしたら?という事で、こちらも捜索を。
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 結局、旧字体仕様の5円玉も6枚ほど発見!
特に貨幣価値が高い訳でもありませんが、
私め的にはココまで見つかれば御の字かと♪
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 そんな捜索が終わった小銭群、
銀行に持ち込んで貯金してまいりましたが、
大量の小銭を前に行員サン、
顔は笑顔ながらも、
  目は笑っていなかったような・・・(汗)
そんな、持ち込んだ小銭たち・・・
4万6千円ほどになりまして♪

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