続? さくら の のほほん道楽絵巻

仕事よりも趣味最優先・・・毎年の目標は趣味道精進! そろそろ家族に捨てられそう。。。(汗;)

最近、疲れ気味。。。

2006年04月

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 全国的なゴールデンウィーク、
当直仕事の私めにとっては無関係・・・
どのみち何処かに出かけても
混んでいるのだから丁度いいかと。。。(淋)

 さてさて、今日は
クルマのマフラーの話を・・・
マフラーと言っても色々なメーカーから
様々な商品が出ておりますが
マツショウというメーカーをご存知でしょうか?

 平成5年に「ガナドール」ブランドとして
マフラーを発売していますが、
現在ではマフラーを始め、ヒッチメンバー、
リアラダー、ミラーや
タワーバー、
トラック用品なども販売。

 ネッツトヨタなんかでもマツショウと
提携してるんですかね?

アリストなんかスポーツマフラーとして
販売もされているみたいで。(写真1)


 私めとガナドールの出会いは、
今から10年ほど前のこと、

パジェロに乗っていた時にマフラーを装着したいと
考えて色々と選択した結果、
「エルフォード」「ガナドール」2種類の

マフラーに絞ったのですが、
調べてみるとエルフォードは低中速向き、

ガナドールは中高速向きのマフラーだという事で
ガナドールに決定。(写真2)


 エルフォードもステンレス溶接は
そこそこ綺麗でしたが、

ガナドールは更にステンレス溶接も
綺麗で私めなりに選んで良かったと

感じた記憶があり♪


 それ以来、パジェロから乗り継いだランクルも
マフラー、ヒッチメンバーは
ガナドール、
親のキューブも同じくガナドールを装備。
(写真3,4,5)


 音質的にもうるさくなく、
心地よいサウンドで個人的には
満足いく商品かもしれません。


 そういえば、うちの通勤に使用していたミラ、
現在通勤に使っているKeiにしても

マフラー選びはかなり悩みました。

 ミラは初めフジツボを使用していたのですが、
マフラーのタイコ部分に穴が開き
2年半チョットで
使用不可。後釜に5次元を使用したのですが、

初めからこっちを選んでおけば良かったとつくづく。

 おまけにこのフジツボマフラー、
フロントパイプ部分から交換するタイプ。  

5次元はフロントパイプ以降を交換するタイプ。

 もちろん純正のフロントパイプなんて
とっくに廃棄済みなもので

結局、メーカーは忘れましたが
ステンレス製のフロントパイプを購入、

かなり痛い出費となりました事を
ご報告いたします。(写真6)


 そういえば私めのご実家の初代キューブ、
貰い事故で廃車になってしまいましたが

キューブにニスモのマフラーを購入、
なかなかいい音を醸し出していたのですが。


 その後、事故廃車になったキューブから買い換えた
7人乗り仕様のキューブ キュービック、
なかなか納得出来るメーカーがなく、
何気なしにガナドールのホームページを
見たところ、
キューブキュービックのマフラーが発売されており♪

 さっそく購入し、親にばれぬうちに
15分でそそくさと交換・・・

すぐに音でバレるといった事態。(汗;)

 それ以降はあまりマフラーに関して
調べる事もなかったのですが、

女房サマの出産を期に2ドアのミラから
4ドアのKeiに乗換えという事で
久々にマフラー選び。


 驚いた事に軽自動車も
オールステンマフラーになっており、

ちょっとした浦島太郎状態。

 先日も書きましたけど、
Keiはワークス4WD用は出てても

2WD用は出ていないと言う悲しい事実。

 結局、メーカーにてマフラーの純正番号を
調べてもらったら2WDも4WDも

純正マフラー番号は同じという事で問題なし、
ただ私め的には正直、焦りましたねぇ、
マフラーについてはどうなる事かと。


 Kei ワークスに関してスタイリング的には
5次元よりもフジツボの方が
見栄えは良く、
今回はフジツボのレガリスKに決定!


 ただ、前回のミラ、マフラー穴開き事件があり、
気持ち的には
あまり選びたくなかったのですが、
オールステンだから今度は大丈夫でしょう、と。


 多種多様なマフラーがあるなか、
自分の理想モノを捜すのって
大変ですよね、
ただ、私め的にはガナドールに関し、
このマフラーだけは私めにとって
大当たりだったような。。。

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 昨日の飲み会のおかげで本日はグロッキー
二日酔いではないのですが
調子がいまイマイチのようで。(情)


 数日前の昼前の話・・・
私め宛てにご友人から一本の電話、

話を聞くと引越し作業の時に
Tomix製の485系が出てきたから

引き取って欲しいとのこと。
 
 早速、午後実家に持って来てくれたのですが、
友人曰く、車体状態はそこそこでも
パンタグラフや
付帯部品が一部破損
しているとのこと。


 それでは拝見してみましょう♪ということで、
車両は1000番台が3両、
0番台初期型2両の計5両。


 車体の方を見てみると、確かにパンタ部分や
先頭車両の検電アンテナ等が無くなっており、
この部分は無くてもAssyで何とかなりそう。

 取り敢えず今日は転属回送のみで
復元を伴う改造作業の方は見送り・・・

今後の作業をじっくり考えることに♪

 ついでに実家に来たと言う事で、
先日落札したキロ80の
カプラー取替え作業を・・・
KATOカプラーNに換装するだけですが、
この時代の車両だからビス止めでもないし、

台車の取り外しも簡単、
交換作業はものの30秒で完了。


 一応、交換する際に使用するカプラーの類は
組み立ててストックしておりますが、

100円ショップで販売されている
小物入が大変便利。


 幾つか購入してクーラーや
ベンチレーターなどを入れてますが

なかなか使い勝手宜しく。

 ひとまず作業も完了・・・
明日に備えて今日はこのあとはノンビリ、

世間はGW突入なるも私めには
全く関係ないし。。。(淋)

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 今日は昼過ぎまで残業、お仕事の注文は8件、
睡眠1時間・・・
とうとう残業手当も素敵な具合に。。。
 
 今日は後輩から来たメールの話でも・・・。
働く部署は別なるも、ウチの職場の後輩から
写真付のメールが届き、
こんなことが書かれており。

「 ご無沙汰です、メールで聞こう聞こうと
思ってたんっすけど、
オークションで出ていた車両で
グリ完 111系って知ってます?
 落札しようと思ったんですけど、
そこそこの値段がついていたんで諦めました。
        ~中略~
 これってやっぱり高いんですかねぇ~?」


 う~ん、ちなみに落札した人間は
この私め・・・

ただ、後輩は私めが落札した事実を
知らないようで♪


 さて、そんなグリ完シリーズ、
写真の111系のスカ色のほか湘南色があり、

その他、小田急電鉄の1800系や
我が家にも3色あるATC先頭車の
103系ウグイス、ブルー、オレンジなどが

あったことまでは知っているが、
年代的にはいつ頃なのであろうか調べてみたいと。


 定かではないので間違いはお許しを
願いたいのですが、グリ完シリーズも

1980~1983年にかけて、
約4年位に販売されていたのでは?
と思うのですが、
如何せん人間の記憶、
詳しく知っている方が居られれば
ぜひ御教授を。。。m((_ _))m


 ただ、私めが落札した111系スカ色は
ほぼ新品状態であったので
車体も塗装も綺麗な状態、
動力車の車輪もほぼ綺麗な状態であった。


 どうせであればクハ111は
ストック品のカトーTR201に変えて

チョットでもグレードアップしてみようかな?と、
悪魔の囁きが聞こえましたが・・・
罰当たりですかねぇ。。。


 そういえば、
HOゲージで有名な「エンドウ」でも
ボディーはGM製のモノを流用して
完成品を出していた事は知っている方も
多いかと思いますが、

旧型国電 72・73形 のスカ色、
103系のオレンジやウグイスなんかが

発売されていたようですね。

 わが手元にもオークションで落札した
エンドウの103系オレンジが
2セット、
今車両を眺めてしまえばチープさは

どうしても否めませんが、
当時としてみれば
画期的な企画だったのかもしれませんね。

 
 恐らく当時はカトーの非冷房103系が
幅を利かせていたので
編成に変化を
つけさせるには良い方法だったのかと・・・

80年代であれば高運の103系は
山手線や京浜東北線では
走っていましたし、
当時、それを考えれば納得いく企画だった
のかもしれませんね。


 う~ん、我が家のグリ完シリーズ、
暇見てチョットしたグレードアップでも

行ってみたいような。

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 ミニキャブも無事に車検が終わり、
実家に帰ってきたものの、
なかなか元に戻す時間が無く、
ドノーマル状態のままで、
たまに職場に乗って行っておりましたが、
純正タイヤもなかなか静かで快適♪

 やっぱりラリータイヤというものは舗装路だと
騒々しいものだと改めて実感。
今頃、実感じゃ遅すぎかもしれませんが(汗;)

 さて、今日は午前から昼にかけて
雨が降っておりましたが、
15時頃には雨があがって
晴れてきたので作業を強行する事に!

 今回は復元作業という事で、
前回の作業の逆の手順で進め・・・
フロントをジャッキアップし、
純正タイヤを外し泥除けを取付け、
後輪側も同様の手順で作業を実施。

 ついでながらタイヤの付け替えと
併せてタイヤローテーションも行い。

 ただ今回、荷台下に取付けられていた
ヤンキーホーンは車検場でクレームを
つけられる可能性があるということで
一旦、取り外されたという事で覗いてみると、
向きが逆に付けられており、
向きの修正を。

 これがまた器用に取付けられてと言うか、
難しい方向に良くくっ付けたな、
あっぱれという感じ・・・
そんなことはさて置き、
速やかに向きの修正を実施。。。

 なんか、最近の車検場では
あらゆるクルマに対して色々と
クレームを付ける輩というか検査員が多く、
検査を受ける側も色々と苦労の連続らしいですね、
お役所仕事というかなんというか。

 まぁ、人のことを言っておいて、
よくよく考えてみたら自分なんかも
お役所仕事・・・
ただ、職種が違う点が救いですが。。。

 話は戻って、最後の仕上げは
小バケツの取付け・・・
意味は無いのですが、一応4駆なので。。。

 そんな作業も無事に終わり、
さっそく、試運転を実施!
う~ん、本当にラリータイヤは賑やか!
と言いつつも、
この騒々しさが好きなのですが。

 とりあえずは2年間はまたこの姿、
しかし、ラリータイヤの交換も
そろそろ考えておきたいものですね、
タイヤがヒビ割れてきおり。

 ここまで来たらついでではありませんが、
ミニキャブの純正タイヤ、
先日取り外したキューブのスタッドレスタイヤの
計8本をを倉庫の2階へ上げておく事に。

 タイヤ上げの方もスムーズに終わり、
これでクルマに関する大まかな作業は
10月までは何もやる事なし。
車検も、タイヤ交換、オイル交換も終わり、
ホッと一安心って言う感じで♪

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 さて先日、オークションで落札し
自宅で未改造のまま放置プレーになっていた
Win製の
サハ101 オレンジ色
サハ103-750番台化の作業の様子を。

 モノ自体はウイン製のサハ101の2両セットを
オークションで2千円ほどで落札、
正直、元の値段がソコソコなので
落札できればラッキーかなと思っていたら運良く落札、
103系中央快速線の付随車として使用する前提で
改造することに。(写真1、2)

 モデルは中央快速線で活躍していた
サハ103-768,769に決定・・・
サハ101-123,124から改造された車両で
101系時代にすでに冷改済み。

 103系化改造に際しては
側面行先方向幕も取付けられず、
改造が最小限に留められている車両。

 ただ、実車は中央快速線では走っておらず、
改造後、中央快速線から総武緩行線に転属し
オレンジの103系の間に挟まれ
カナリア色で走っていた。

 予備知識はこれ位にして早速改造作業を開始!
改造に際しては初めにクーラー取り付けに際し、
不要になる真ん中のベンチレーターを撤去、
その後、カプラー交換作業を。(写真3)

 床下部分はTOMIXの床下が利用されており、
カプラー交換は正直言って、チト面倒、
台車を一旦外し、カプラー取付け部分を
彫刻刃で削って収まり具合を調整、
組み終わったらカプラー取付け。(写真4、5)

 カプラー交換が終わったら
本題の冷房改造に取り掛かりましょうということで、
今回、ランボードやAU75クーラーはすでに
塗装済みで我家でストックしていたものを利用。

 目安にするために最初にクーラーを取付け、
次にクーラー横にランボードを
取付けて完成。(写真6、7)


 所要時間もカプラー交換も入れて
20分程度で出来ますので
103系のちょっとしたバリエーションを
増やすには良いかも知れませんね。
 
 私めがまだ高校生位だった頃は
サハ103-750番台も総武中央緩行線でまだ運用
されていましたけど、
いつの間にか750番台も居なくなり、
103系自体もあっという間に209系やE231系に
置き換えられ、興味ある車両が無くなってしまいました。
何か、色々な意味で寂しいものですね。。。

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 今日は午前中に私めの実家へ出向!
あくまで、ついでに模型の作業もついでに・・・
女房サマ、子供が実家から帰ってくると、
色々忙しくなると趣味もおろそかになり、
なかなか作業が進まぬもので、
進められる作業はどんどんと。。。

 今回はの車両はオークションで落札し、
自宅で未改造のままになっていた
ウインのサハ101のサハ103-750化作業と
先日、パテ盛りしたまま作業中断していた
クハ111の初期車の冷房改造の作業を。

 早速ということで、クハ111の作業を開始、
パテ埋め後、パテ痩せでさらにパテ盛りを実施し、
乾燥待ちで中断していた続きをということで、
パテもいい具合に乾燥し絶好の作業日和。

 早速、車体が汚れないように
車体側面、前面、妻面をマスキングし、
彫刻刀でパテを荒削り、
ある程度削ったら耐水ペーパーで表面を均します。

 とりあえず、大体の作業が終わったら、
この間落札したTOMIXの
クハ111-1000番台を並べて
ランボード、AU75クーラーを
積載する位置の目安とし、
実際にAU75クーラーを車体に載せ、
クーラー脇にあるランボード取付けの作業を開始。

 いつもだったら瞬間接着剤を使うのですが、
我が家の瞬間接着剤が在庫切れのため
今回はタミヤセメントで接着してみたいと。
 
 ひとまずはランボードも付け終わり、
屋根に関する作業はこれで終了、
さっそく屋根の塗装に行きたいところですが、
今日は合間にサハ103-750番台も改造作業を
しながらという事で塗装は延期することに。

 サハ103-750番台の
作業は後日紹介する事にしますが、
あとは天候と湿度ですね~、
やっぱり湿度が高いと色もくすむということで
暫くは天気予報と相談になろうかと。。。

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 今回落札したのは
「有限会社 関水金属」時代製造の
キハ82系のキロ80・・・
たまたま10円から出品されていたものを
目敏く見つけ早速入札、
最終的には380円、
出品者さんはチト申し訳ないような。


 品物自体は閉店したお店から引き上げて来た物らしく、
いわゆる、デッドストックというモノらしく
車両自体はとても綺麗ですね。

 さて現在、実家にあるキハ81・81系は
中学生時代になけなしの小遣いを使って購入した
宮沢模型で企画、製造はカトーが担当した
キハ81系のセット、

カトーから販売されたキハ81系セット
同じくカトーのキハ82系セット
後は単品で購入した車両。



 ここで宮沢模型で企画され、
カトーで製造されたキハ81系と

後にカトーで販売されたキハ81系の
見た目で分かる簡単な違いを説明したいと。


 宮沢・カトーのキハ81系セットの両先頭車の車番は
キハ81 1、キハ81 2と標記・・・
一方、後年カトーで販売されたセットの方は
キハ81 3、キハ81 4と標記されております。


 細かいことをいってしまえば
中間に使用される車両たちも

宮沢・カトーカトー
それぞれ番号標記が違いますが、

ここでは割愛させていただきます・・・
というか
私自身も中間車の
番号標記はいまいち分からずじまいで。。。


 さて今回、落札したキロ80ですが
取り敢えず暫くは編成には組み入れず、

予備車扱いにしておこうかと・・・
まぁ、そのうちに実家に回送した時に
連結器の交換等の
作業を
したいと思っております。



 そういえば、ここ最近、
カトーから新しいタイプのキハ82系が

販売されましたが、
今までの従来型とは併結は考えて作られてはおらず、

従来型をそこそこ保有している私めにとって
なんとも歯がゆいばかりで・・・。

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 私めのクルマは既に
スタッドレスタイヤからノーマルタイヤに
履き替えて時間が経つのに何故いまさら交換するの?って
思います??

 スタッドレスタイヤを履き替えるには
チト遅い時期かもしれませんが、
ミラやKeiは朝早くに走行する
機会ってあまりないのですが、
このキューブ父上サマが早朝、
ゴルフに行く際に路面凍結のことを考えて
若干の遅めに履き替えるという、
毎年の恒例作業。

 千葉の利根川方面や茨城県方面だと
稀に凍結していることあるそうで、
念のために・・・。

 さてさて、早速作業に取り掛かりますが、
今回は純正ホイールの物に履き替え。(写真1)


 実は今まで履いていたスタッドレスのホイールは
全損で廃車になった先代キューブに履かせていた
エンケイのホイールに新規のスタッドレスタイヤを
取付けたもの。

 よって純正15インチからスタッドレスは
14インチにサイズダウン。
スタッドレス装着時には若干加速が良くなっており。

 作業開始後、これがまた悲しい事に
フロント部分にガレージジャッキを
かける場所が無いという事が判明。(写真2)
仕方なしに今回もパンタジャッキの出番、(写真3)
そういえば、前回も履き替えの時には
パンタジャッキを使用したような。。。

 フロントタイヤを外すとスペーサーが挟まっており、
現行キューブだとオフセットの関係で
ブレーキキャリパーにホイールが接触、
キャリパーとホイールが当たらない程度の
5㎜のスペーサーを入れてあります。

 なんなくパンタジャッキのおかげで作業は終了し、
今度は後輪へ・・・
こちらは左右ともジャッキアップ可能なため、
作業し易くあっという間に終了♪

 とりあえず空気圧を確かめ、
今まで履いていたスタッドレスは
暇を見て倉庫の2階へ・・・
そういえばご実家の軽トラ、
車検が終わってから復元作業していないから、
純正タイヤからアルミへ交換した時にしようかな?
よしッ、決~めたッ!!

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 先日購入したGショックではなく、
中学生時代に購入した
三つ目のDW-5900のベゼル部分を
オークションにて発見。早速、落札した。

 ベルト部分は数年前にメーカーで新品に交換、
ベゼル部分はすでに無く、
ベゼル部分がひび割れたまま
使用していたが写真のように割れてしまい
時計部分は使えるが、
見た目が使い物にならないような状況になってしまった。


 先般、案外と部品だけあったりしてなんて
気楽に書いていたが、
チト、気になったので探して見ると、
あらまホントに部品だけで
オークションに出品されていた訳で・・・。


 早速入札し、当直日の月曜日に福岡県よりはるばる到着。
落札した品物自体は新品で自分で取り外しも可能なため、
早速、修理に取り掛かります。


 壊れたベゼルを外し、
せっかくだから時計本体を洗ってから
新しいベゼルを取付ける事にします。
う~ん、やっぱり17年前のものだと
汚れがしっかり溜まってますね。


 よ~く乾燥後、新しいベゼルの取付け。
いきなりベゼルにヒビが入るとブルーになるので
精密ドライバーを使い慎重に作業を進めます。
う~ん、なかなか緊張するもので。。。


 最後のネジを留め、やっと完成。
やっぱり古い時計は古い時計なりにいいですね。
とりあえず、バンドも新品に交換してあるので
時計本体以外はまた新しくなりました。


 だけど、DW-5900のベゼルがオークションに出ている事に
早く気がついていれば時計も新調する事なかったんだよなぁ・・・。

なかなか世の中上手くいかないもので・・・。

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 最近は色々書く事が多く、
なかなか書けなかった時計の話でも。

 先週の金曜日の話、久々にホームセンターの
ケーヨーD2にて時計を購入、
モノは
カシオ GショックのGW-1500J
とか言うらしい。

 お仕事で患者サマの脈拍等を計る際に
アナログ式の方が数値を数えやすい
という理由もあってアナログ式に決定!
しかしながら後で気がつきましたが
秒針が無かった訳で。。。(涙)

 仕事中、今までは
タグ・ホイヤーのスポーツウォッチ
を使用しておりましたが
ヒマというか、
平和な職場だったのでお仕事出陣の際には

職場のデスクの中に置き、
あまり時計を着用せずに勤務。



 しかしながら4月からとてもお仕事の多い場所
に異動したこともあり、

10万円以上する時計を着けていくには
チト、気が引けるということで

今回の時計購入と相成った訳で。。。


 タグ・ホイヤー自体は新婚旅行で購入。
あくまで外出用で仕事には着けておりませんでしたが、
その前に仕事で使用していた時計が電池切れとなり、
ピンチヒッター代わりに使用。


 ちなみに今回、Gショックを購入するのは2回目、
1回目に購入したのは自分が中学生のころの話。
当時、マウンテンバイクに乗っていたので、
少しでも耐久性のある時計を!ということで
DW-5900というモデルを
7800円で購入しましたが、

まだGショック自体が流行る様子もなく
何気なしに着用していた。



 このGショックDW-5900は
通称「初代三ッ目」とか言うらしく、

当時はブーム前で生産総数も少なかったみたいですね。
正直、ブームには興味のない私にとっては
如何でも良い話なのですが。。。



 そんなDW-5900もつい数年前まで
使用しておりましたが
時計のベゼル部分が
割れてしまい、
その後は着用しなくなってしまった。


 そんなことで、今回購入したモデルは
ソーラー充電で電波時計タイプということで、
電池の交換代金等、耐用年数を考えると
5千円ばかり高くても
電池交換代などの
トータルコストを考えれば電池式よりは特かと。 


 久々に着用するGショックですが、
もし可能であるのならば
一番初めに着けていた
Gショックのベゼル部分を購入して

修理したいところでございますが、
思い立ったが吉日で、オークションで捜索。


 案外と部品だけで出品されていたりして・・・
と思って捜したところ、
ベゼル部分だけが出品されており。(涙)



 早速落札しましたが、とりあえず部品が到着したら
修理の様子と併せてまた紹介いたします。

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 昨日は注文件数が11件、
ハプニングモノが多く睡眠も1時間。
頭の中がいつも以上に覚醒していないような。

 さて、今日は自分の愛用しているメガネが
勤務中に壊れて土曜日なのに修理のために
ららぽーとまで出向!
正直言って、人ゴミやら渋滞は大嫌い。。。

 普段メガネはかけている訳ではありませんが、
夜間の車運転時や研修などで後方に座って
黒板が見えない時などに着用。

 とりあえず、予備のメガネがあるので
急場はしのげるのですが、
一応の修理代を尋ねてみると
2100円でチョット安心した次第で。。。(苦笑)

 そんな帰宅途上、知り合いの星自動車サンにて
発注していた上記の品が到着・・・
早速、引き取りに出陣して
泣く泣く商品代を支払いを済ますも
財布の中が自己破産寸前ときたもので。。。

 今回入手したランクルの遮音ゴムは本来、
ランドクルーザー・シグナスに
取付けられているモノ、
club100のフォーエバーオフミに参加した際に
取付けていた人が居たのでどんなものかを聞き、
早速発注して、ようやく届いたもの。

 こちらも部品番号が分かり、
その番号で星自動車サンから
トヨタ部品に発注をかけたところ
何故かセルシオの部品・・・
まぁ、我が家のスズキキャリイなんかも
ジムニーなんかと共通部品があったように
おかしな話ではないんですけどね。

 とりあえず、シリコンオフで貼り付け面の
脱脂を丹念に行い遮音ゴムを慎重に貼り付け、
付けた感じもドアを閉めた感じも宜しゅう♪
という事で作業完了!!

 そしてお次はKei ワークスのエアクリ、
モノ自体はスズキスポーツの商品を発注するも
不思議な事に到着した商品は、
モンスタータジマの名で呼ばれ、
パイクスピークに出場するなどで
有名なモンスタースポーツの商品。

 問屋から卸してもらう値段上、
スズキスポーツから購入した方が
安いという事でお願いしたのですが
まさかねぇ・・・といった具合。

 スズキスポーツに星自動車サンから
問い合わせたところ
モンスタースポーツからOEMされている事、
スズキスポーツの系列会社だという事実が分かった。

 う~ん、どちらで購入した方が得だとかは
あえて書きませんが、
そんなことってあり?って感じで。

 品物自体はゴム部分を除いて
スポンジで出来ているご様子、
取り付けも純正交換タイプなのであっけなく終了。
ミラの時は別メーカーの品物を装着したが、
今回もどのようなレスポンスになる事やらで。

 とりあえず、後はキューブのタイヤ交換待ち・・・
また日を見て作業しなければと思いますが、
明日は女房サマを迎え日なもので。。。

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 恥ずかしながら、調子に乗って落札した
品物の数々が我家にご到着・・・
つくづく、女房サマが居たら
どんな顔をされていただろうか、
まもなく里帰りから戻ってくるので
チト怖い気もしており。。。(汗;)

 さて、今回到着したのは
Tomixのクハ111-1000

KATOから西武セメント列車×2、
E851電気機関車×2、

タキ1900の2両セット×2の計23両が
一気にまとめてご到着したもので。。。(滝汗;)

 ひとまず苦節24年というか、
今回の到着をもって
我が家のNゲージ所有数も3000両を突破、
ここ最近はレアウトのないままということもあり、

車両ばかりの収集で
他人から見たらタダのの無駄遣い、

本人にとってはお宝でも、
他人から見ればただのなんとやらで。(情)


 さてさて、気を取り直して今回、
到着した品物でもさっそく
見てみたいと思いますが、
Tomixのクハ111-1000。
何気なしに落札できればいいかなぁ、
と思って入札していたところ幸運にも落札。


 最近のモデルではなく、プラ車輪、
金属スカート、タイフォンが下部に付いた旧モデル、

今回落札した品物、出来は現在のモノに比べれば
チープに感じるかもしれませんが、

編成に組み込んだ時の良いアクセントには
なるのではないでしょうか?


 カトーカプラー密連化やJRマーク、
防護無線アンテナでも取付け、

車輪も金属製に交換すれば
ソコソコ良い仕上がりになるはず、

だけど、プラ車輪がまさかスポーク仕様
になってるとはチト、ビックリですね。(写真4)


 あえて書いてませんが、
先日マイクロのクハ111初期型を

冷房改造している最中だと書いたのですが、
冷房改造した理由は余剰遊休車の有効活用、
Tomixのクハ111-1000が
落札できないと理由から改造に着手、

こんなにあっさりと落札できるとは・・・。
う~ん、また編成の組成でも
考え直した方がいいのかしら。。。


 さてさてお次は西武のセメント列車、
個人的には私鉄関係の車両を購入、
落札するというのは今回の西武
E851、
京葉臨海鉄道KD55セットくらいで、

弟から譲渡された小田急ロマンスカーと
私鉄にはあまり縁がないのですが、

今回はセメント列車×2、機関車×2、貨車セット×2、
「西武の赤い電機」という雑誌も付いた
お得セットが出品されていたので早速落札。


 西武線自体、うちの父上サマの実家、
女房サマの実家に行く際にお世話になる鉄道ですが、

今まで西武鉄道の車両を購入、
落札実績はE851を購入した位でほぼ実績はゼロ。

我なりに思い切った決断で。

 それでは車両セットを見てみたいと思いますが、
正直言ってあまりこの辺では
見ない貨車ばかりではありますが
相変らず
出来栄えはGood!
編成を組んだら見ごたえあるのでは?

問題はE851が1両、
ダブってしまったことですが。。。(悩)


 だけど今後、西武鉄道シリーズでも
揃えようかと考えている私めにとっては

大きなターニングポイントになるかと。

 現在、JRの通勤型、近郊型などは、
ほぼ揃える事が出来たので

また新たな目標が出来てしまったという感じ。

 女房サマに睨まれぬよう、
慎ましやかにコッソリと
増備するかなと思う所存で・・・。(情)

 仕事明けにもかかわらず、
注文殺到で引き続き昼過ぎまで残業。
とにかくわがままなご注文に振り回され、
かなりダメージ受けています・・・(汗;)

 さて本日、通販で発注していた
101系総武色20両がやっと到着。
基本セットが2セットと増結セットが同じく2セット、
なぜそんなに発注したか?
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 基本と増結の1セットずつは
総武線の10両編成の再現のため。

残りの10両は南武線の冷房改造編成6両と
残りは総武線の予備車扱いにする予定。

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 南武線用にする101系6両は、
先日、我らが聖地に行った際に
メイクアップキットを予約注文し、
品物が到着するまでは冷房改造待ち。


 もしかすると基本と増結を購入して
無駄な買い方をしているかと思われますが、

両端をクモハ101、クモハ100で
編成を組成するのではなく、

動力車の編成する位置を考え、
どうしても片側をクハ100にしたかったために

基本、増結の購入することに。

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 そんなセットの内容は
・ 6両基本セット 
  クモハ101-155+モハ100-208(M)+サハ101-108+
       サハ101-233+モハ101-91+クモハ100-108 

・ 4両増結セット 
  モハ100-158+クハ100-78+クハ101-75+モハ101-215 

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 このような編成内容なので、
基本セットのサハ101とクモハ100を

抜き取り、代わりにモハ100と
クハ100を組み込んで
6両編成を
組成させる予定・・・

ちなみに実車にはクハ101には冷房改造車はおらず。

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 前書きは長くなりましたが早速、
到着した101系を見てみましょう!

う~ん、箱がデカイ・・・。

 車両自体はやっぱりいいですねぇ、
前回発売された
レジェンドコレクション101系中央色
も出来は良かったですが、
今回も出来は大満足ですね、個人的に。

 メイクアップキットを使って
色々なバージョンを作るのも楽しみですが

今回、2灯シールドビームも
4両分あるのでどの車両に装備するかが
悩むところですね。


 サハ101もちょっとした改造で
103系750番台でも作製したい所存、

確か750番台に関しては
103系編入時に冷改された車両と

101系時代に冷房改造された車両、
試作冷房車、非冷房車など
色々ありましたが、
冷房改造車でも側面の行き先方向幕を
装備していない車両も
ありましたので
小改造で103系のバリエーションで楽しめますね。

う~ん、オークションで
サハ101でも落札しようかなぁ・・・。

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 ちなみにご存知かもしれませんが、
サハ100からもサハ103として

編入する計画があったことはご存知でしょうか・・・
計画が中止された理由は
私自身も忘れてしまいましたが、

計画が実行されていれば
サハ103系700番台として
編成に組み込まれて
走っていたのでしょうけど、
実現しないまま終わってしまいましたね。


 101系も当初は全電動車で計画するも
変電所の許容量の問題で計画を諦め、
将来、即電動車に出来るよう
MM点検蓋やパンタ台などを

装備した付随車が組み込まれましたが、
結局は電装化も行われず
そのままになってしまいました。


 さて、段々と我が家が模型収納小屋と化し・・・
そろそろ段取り決めて
実家に回送しないとなぁ。。。(悩)

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 はてさて昨日は仕事明け、
注文殺到で睡眠一時間半でオイル交換を強行!
疲れと眠気のおかげで今日は身体が動きません状態。

 さて本日は昨日オイル交換の終了後に行った
三菱ミニキャブのノーマル復元作業のお話・・・
いよいよ車検の時期を迎えて
いつもお世話になっている星自動車さんに
整備をお願いする前に車検にパスできる状況に
復元しておきたいと。。。

 やっぱり車検前に色々改造っちゅうか、
部品付けてると取り外さないと車検に
パスしないというのは芳しくないかしら?と、
えらそうな事を言っておりますが
コソ~リ作業に取り掛かります。


 我が家の軽トラでまず、
ホイールとタイヤが車検にパスしないという事で

ノーマルの鉄ッチンホイールに交換。(写真1)


 問題は倉庫の2階から
降ろさなければならぬということで

今回は先日、スタッドレスタイヤを
倉庫2階へ吊上げ作業の際に

軽トラの鉄ッチンホイールは降ろし済み。


 ノーマルタイヤもそんなに走行しないうちに
アルミに換えてしまったために
タイヤはバリ山・・・
しかし鉄ッチンホイールって
見た目がどうもシンプルで。。。



 タイヤ交換は前後ともにデフで
ジャッキアップのため両輪交換が可能、

アルミホイールを取り外した時点で
マッドフラップの取り外し作業を開始。



 どのみち、マッドフラップの金具が出ているので
車検に引っ掛かりそうな予感・・・
がんばってノーマルの泥よけに。。。

(写真2、3、4)


 前輪側の作業が終わり、
後輪の作業を行っている時にあることに気がつく。

ナットが一個足らないときたもので、
まさか3個留めでは・・・(滝汗;)

シトロエンの2CVではあるまいし。。。(写真5)


 途方にくれながらナットを捜したところ
工具箱の中で転がっているのを発見!

これでやっとタイヤの付け替え作業が完了に至り♪


 そういえばノーマル時代、鉄ッチンホイールの
センターキャップに三菱マークを
作製して貼付したのですが、

久々に見るとなかなかの出来具合♪(写真6、7)


 あとはヤンキーホーンも
スイッチ切り替えで車検対応の

ホーンに切り替わるから問題なし。


 問題だとすればフロント牽引フックに
ついているバケツくらいかな?

前回の車検の時って外していただろうか・・・??

※ その後、このアルミホイール、ラリータイヤでも
この車に対する耐荷重容量はクリアしており、
そのままでも車検は通過できました。。。m((_ _))m

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 さてさて今日はお仕事明け、
昨日は夜中に色々とご注文が多く、
おまけに今朝は朝の4時からご注文で
ずっと起きっ放し状態・・・
睡眠も1時間半で終了、
ホント、お酒絡みのお客サマは憎いもので。。。

 そんな気を取り直して、
今日は睡眠1時間半でエンジンオイル交換を強行!
明日は天気が悪いっちゅうことで
今日中にオイル交換と
三菱ミニキャブのノーマル復元作業が出来れば御の字。

 さて、今回使用するエンジンオイルはペール缶の
BPの「バニラスロイヤル10W-40」
今回といっても毎回、
エンジンオイルはBP。

 昔は4リッター缶などで購入しておりましたが、
20リッター分を買うと約2万円超・・・
う~ん、懐に厳しいお値段。

 一方、車屋サンにてペール缶で注文すると
1万2千円くらいということで、
いつも通り、星自動車さんで購入。(写真1)

 我が家でのオイル交換は半年に1度実施、
前は6月と12月に行っていたのですが、
寄る年波には勝てず、
今回から寒い時期を外し春時期に
時期をズラすという暴挙・・・
だから今度から4月と10月という訳で。

 では早速作業に取り掛かるという事で、
作業しやすいように車2台ずつを対面に並べ、
Keiはスロープに乗せ作業開始。(写真2)

 オイル抜きは問題ないものの、
Kei ワークスはタナベの
サステック・アンダーブレイス(写真3)
が取付けられているために
オイルフィルターの交換がチト厄介、
おまけに締め付けが誠に堅く、
伝家の宝刀ウォータポンププライヤー
を使い力ずくで緩めたところ、
フィルターがチト潰れた・・・(写真4)
ちなみにこのようなオイルフィルターの取り付け方は
インプレッサ以来の付き方でして。

 ここまでくれば後はスムーズに事は進み、
あることに気がついた、オイルキャップを外した際に
エンジンオイルを入れる口から
タイミングチェーンが見えており・・・(写真5)
ミラターボもタイミングチェーンなるも、
Keiのようには見えておらずといった具合。

 Keiが終わり次はミニキャブ。
この車両はジャッキアップ等をしなくても
サイドから少し奥に手を伸ばすと
オイルパンのドレンとオイルフィルターが有り、
一番作業が楽といいたいところですが、
一つだけ大きな難関が。

 それはエンジンルームにある
オイル投入口の場所が問題・・・
中途半端な位置にエンジンが配置されており、
エンジンオイルが入れ難く、
何度もエンジンオイルをこぼして
オイルを地面に飲ませたか分からない。

 このミニキャブに関して、
色々エンジンオイルを入れる方法を考えていたが、
トヨタの部販のお祭りに行った時に
こんなモノが売っていた・・・
写真は使用中の様子ですが、
漏斗(じょうご)の様な物。(写真6)

ミニキャブのようにオイル投入口が
奥まった車には良いかもしれないような。

 さて、ようやく2台目まで終わり、
お次はミラターボ・・・
Keiと同じくスロープを使用すれば
作業効率は良いのですが、
あえてジャッキアップ方式で作業開始する。

 オイルを抜くには問題はないものの、
この車もKeiと同じで問題はオイルフィルター、
今度はナンバーの後に鎮座しているので
ナンバーを取り外し、
工具を使いフィルターを緩める。(写真7,8)

 オイルフィルター交換後、
ドレンをしっかりと締め、
新しいオイルを投入してオイル交換完了!

 4台目はトラクター・・・
今回は写真撮影はしなかったのですが
活動率を考えればを一番少ない車両、
ただ一定の時間、同じ回転数で作業する車両は
オイルはとても汚れやすいのかも。

 ちなみにトラクターは専用の
農機用のオイルを使用・・・
おまけにオイルパンの真ん中をペラシャが通っており、
オイルパンのドレンが左右についている。
農機ってなかなか面白い特徴があるもので。。。

 トラクターのオイル抜きの待ち時間、
今度はランクルに取り掛かる。
 
 ランクルの場合、今回は写真を撮影できなかったため
説明だけになりますがエンジン部分にはアンダーカバー、
無論、オイルフィルターの部分もカバー、
オイルのドレン部分もカバーがされており。

 ただ、オイルを抜くなり、
フィルターを交換するなどのところの部分は
ちゃんとフタ方式になっているので
ネジやボルトを緩めれば問題なし。

 これで一先ず、オイル抜き作業を完了、
次はエンジンオイルを入れる作業は
問題なくスムーズに事が運び、
一息入れてからミニキャブのノーマル化作業開始。

 いやぁー、ホントに今日は睡眠不足で眠く・・・
ミニキャブの復元作業については
また明日にでも書かせて頂きます。。。

 軽い健忘の方も時間の経過とともに記憶は戻り、
元々居た整形外科へ再転院する事になった。

 その後は約2ヶ月の入院で右足の骨は完治するも
左足は骨がバラバラになっていたのも原因なのか、
腓骨は不細工ながらも骨が癒合するも
脛骨はなかなか完治する様子は見られなかった。

 5月に事故を起こし、なかなか骨が癒合しない左足を見ながら
仕事復帰への不安などで謂れのない不安感や焦燥感、
不眠症などが原因で鬱状態になっていた。

 その年の12月に医師から腰の左側腸骨から
骨を削り脛骨に骨移植の案を医師から提案されるも、
心停止、意識不明になった恐怖もあり
首を縦に振ることは出来なかった。

 ただ、3ヶ月と言う期限付きで骨が治癒しなければ
骨移植と言う条件にしてもらった。 

 しかし、残念なことに3月まで骨が癒合する事はなく
骨移植決定、手術への恐怖はあるものの、
仕事復帰への目途が立ち、復帰という目標が出来てからは
精神的にも立ち直れそうだった。

 移植手術は腸骨と呼ばれる部分から骨を削り、
骨折した場所の骨芽細胞が死んでしまった部分を除去し、
新たに腸骨の骨片を移植するというもの。

 移植手術の際に、歩行に支障する腓骨のワイヤーを
抜去してもらうことにした。

 術後、足はギブスで固められ、
左ひざの左側の少し下の部分に術部の足の腫れを
防止のためか血抜きのドレンタンクが付けられ、
300ccほど血が溜まっていた。

 退院時に1ヶ月間ギブスで固めておくという事で
新たにギブスで固め直されることとなり、
処置室でギブスの色選び・・・
ギプスも色が選べるということで青色を希望、
これならジーパン履いてしまえば目立たないといった利点が。

 1ヶ月が経ち、待望のギプスの除去となったのだが、
足は痩せ細り、まるで
   鶏がらスープ用
に使うような細い足に・・・
正直、ここまで来るとリハビリも大変であった。
 
 ただ、確かに骨移植の威力と言うのは
素晴らしいもので
4月にOPをし、
9月にはボルト等が入っていながらも仕事復帰。


 だがこのプレートとボルト、色々と困ったこともあり、
職場の旅行で訪れた函館空港で見事に金属探知機で反応、
ボディーチェックを受けるハメに・・・
だけど、羽田空港は何故反応しなかったんですかねぇ~?


 また正直なところ、消防隊の勤務では
自分の足の状態で
厳しい面もあったのも事実、
走ると左膝に力が入らないのである。



 恐らく、埋め込まれているボルトが足の動きを
抑制していたのかもしれないが火災現場や災害現場などで
力の入らない左足に正直参っていた。 


 翌年の1月になると医師からプレートとボルトの
抜去(ばっきょ)手術の話があり、
やっと人造人間から生身の人間に
戻れる日が来たと内心思った。



 抜去手術自体、両足30分ほどで終わるとの事で、
2日目には自力歩行可能、6日間の入院生活で退院、
ただ、3週間程はプレートを外した脛骨の表面は柔らかいから
走ったり、無理しないようにとクギをさされ、
Dr指示に従い、3週間は自分なりに大人しく生活していた。


 今回の手術でボルト、プレートの抜去をした
お陰か分からないが、
走ると左膝に力が入らない症状は解消しており、
仕事への大きな不安は取り除かれた。


 その後は、消防隊の機関員を担当していたので
現場で走るなどの事は少なくなったため、
足への負担は減ったものの、
骨折した時のトラウマか、走ること自体への不安が・・・
骨折前の100%の状態ではないが7~8割方の状態。


 現在、救急隊を担当しているが患者を背負ったり
搬送する負担がかかる時でも足の方は問題ないものの、
後遺症みたいなものは今でも時々出ており、
天気の悪い日や雨が振り出す直前、
寒い時などは
両下腿とも痛んだりするという具合。


 一度、心停止を経験した救急隊員なんて傍から見たら
おかしな話かもしれませんが、
実際体験した事であり、

あの時、自分がそのまま死んでしまっていたら・・・
一体どうなっていたんだろうか?と。。。

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 今回は昨日の続編を書かせて頂こうと思っております。
中にはこんなことはウソだ!と思う方も
いるかもしれませんが
実際に体験した話です。。。

 手術後、病室で意識が朦朧とする中、
痛み止めに座薬のボルタレンを
入れてもらうも
痛みは治まることはなかった。


 そして今の時間が日中なのか夜なのかもさえも
把握する事が出来ていなかった。


 次に目を開けたとき、部屋の明かりが消され
夜だと分かるも足には重く鈍い痛みが続き、

「イテーな、バカヤロぉー!!」
口走って目をつぶった事までは記憶しており。。。

 その後、自分は自宅の畑道を
自宅方向に歩いていた・・・ 

畑一面は夏の土の様に乾いているものの、
空は曇天、今にも雨が降り出しそうな空模様。


 トコトコと畑道を歩いて自宅の庭に到着、
庭から縁側を通して居間を覗くと、
祖父がいつもテレビを見る位置におり、
白装束を着た姿で座っていた。
正直、不思議と言うかなぜ?と思った、
自分の祖父は1年前に他界していたのだから。。。

 そのうち、後方が騒がしく振り返ると
庭には植木などが植えてあり、

その様子は普段通りでなんら変わりはない風景、
しかし正面を向いた時、様相は一変・・・
それまで実家の庭から居間を覗いていたはずなのに
深緑色の大草原に風景は変わっていた。


 空模様は相変らずの曇天、遠くに小高い丘が見え、
風が深緑色の草をサッと揺らして流れていく光景が広がり、
その風景はいまだ脳裏に残っており

 だけど、自分が何故そこにいるのか、
何でここに来てしまったかも分からない。
淋しい場所とでも言った方がいいのか。
 
 どれくらい時間が経ったのだろうか、
特に歩を進めて歩くわけでもなく、

その場で景色を眺めていたのですが、
心というか、気持ちは
淋しいながら
もとても安らいでいた。



 すると突然、後方に強い力で吸い込まれ、
気がつくと救急車の車内でストレッチャーに寝かされ、
サイドの開いたスライドドアから
薄ピンク色の病院の外壁が見え、

顔に付けられていた酸素マスクを
懸命に外そうとしながら、

「外したい!」と文句を言いたくても
言葉を発する事は出来なかった。



 もちろん私自身は気がつく術などはないのですが、
夢を見ていた時に心停止していたようで、
原因となった「脂肪塞栓症候群」から意識不明になり、
心停止までを引き起こしていた・・・。

 そんな自分に突然降りかかった脂肪塞栓症候、
折れた骨の中から脂肪滴が滲み出て血管に入り込み
肺塞栓と脳梗塞を起こしたとの事。

 後日談ですが、
3次病院から整形外科に戻ってきた時に、

自分の様子を目撃していた入院患者サンに
教えて頂いたのですが、

大部屋から処置室に移され
心臓マッサージをされていたそうで。



 この時、入院患者さんに言われた事は
話半分で気にしていなかったのですが、

後年、ボルトと金属プレートの抜去(ばっきょ)のOPで
入院した時に
看護助手サンとレントゲン技師サンから
心停止の事実を聞き、
患者さんが言っていた
心臓マッサージは間違いなかったと分かり。



 心拍再開後、整形外科から3次救急病院へ転院搬送され、
それから5日間は意識不明。


 全身管理のため、痛み止めは使えず、
痛みで唸り声を上げていたと家族は言っておりましたが、
自分自身、意識不明時に強い痛みを感じることはなく、
色々と夢を見ていた事は覚えており。。。


 5日間、意識不明と言っても呼びかけには
しっかり目を開けていたらしく、
呼びかけをやめると
すぐ目をつぶるという行為を
繰り返し傾眠傾向だったそうですが、

意識不明から醒めても
今度は軽い記憶障害というのか
健忘症状が待っていた。


 のちにICUからNCUへ部屋も移されたあと、
無意識のうちに暴れたり自力で立ち上がろうとしたために
ナースステーションで手足を束縛されて寝かされていた。


 おまけに夜中に目が覚め
バルーンカテーテル(導尿)が入っているのに、

尿意を催しベッドから自分の足で立とうとするが
足先を床に付くだけで

妙な痛みが足先から伝わり立つ事すら出来ない。


 何も出来ない自分に腹を立てながら
ナースステーションに設置されているの
パソコンの花びらのスクリーンセーバーを眺めていた。


 そして、自分の名前はしっかり分かっているも、
肝心の職業が出てこない、
一番初めに搬送された病院名も出てこなかった・・・
おまけに食べると言う行為も忘れていたらしい。

 この軽い記憶障害というのか健忘症状は1週間ほど続き、
職業は言えるようになっても
最初に搬送された病院名が相変わらず言えない。

 車椅子をあてがわれるようになり、
公衆電話で電話をかけようにも
自宅も友人の家の電話番号さえも出てこない、
「一体自分はどうなってしまったんだ!」と・・・。

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 さて、上の写真のネジと言うかボルト、
なんだか分かりますか?
実はこのボルト、材質はステンレス・パナジウム鋼、
自分の両足に埋め込まれていた16本、
骨移植手術で8本取り外しで
10本で留め直した計18本のうちの1本のボルト。

 抜去記念と言うかなんと言うか、
埋め込まれていた1本をオペ室の
看護助手の方にお願いして頂いたモノ。

 今から8年前、
厄年もあと2週間で終わりだ♪
考えながらスクーターを運転中、
自分の運転ミスで車と出会い頭に衝突。

 車との衝突の衝撃で左足下腿骨が折れた、
というか「ボキッ」っと音が・・・
衝突後、6mほど吹っ飛ばされて右足から着地、
全体重を支えきれるはずがなく右下腿の開放骨折し、
その際に左足も無意識のうちに着いたらしく、
左足も開放骨折。。。

 事故後、病院到着して分かったことですが、
雨天のためにある程度の厚着をしていたので
開放骨折でも骨が履いていたジャージで保護され、
骨部分が衣服の外表に飛び出さなかったため、
開放骨折の事実は病院まで分からなかったようで。

 実際に開放骨折が分かったのは
病院到着後に処置室での話、
医師曰くジャージのおかげで
骨が飛び出さなかったと言っていた。

 ちなみにこの時の雨天の格好で
ジャージ、ウインドブレーカー、
レインコートを着用していた。

 事故発生直後、腕立て伏せをするように
うつぶせに着地して頭や胸などは強打しなかったが、
両足先がジーンと痺れると同時に
足の痛みで気を失いそうに・・・
自分はうつぶせのまま足が動くかを確認、
とりあえず両足先の指は動くことは確認できた。

 
 とりあえず体育座りの姿勢になり、
よくみると左足が明後日の方向に向いて・・・
プチホラーの気分を。。。

 その時に事故の相手方が
自分に近づいてきたので詫びをいれ、
怪我人がいないかどうかを確認、
どうやら相手方には怪我人はいないよう・・・
ただ、自分は動ける状況ではなかったので
119番要請をお願いし、
じっと救急車の到着を待っていた事を記憶している。

 その間、折れた箇所は少しでも動かすと
焼け火箸を突っ込まれたように
熱い激痛が走り何度も気を失いそうになった。

 その後に救急車が到着、
とある有名な整形外科に搬送されたのですが、
上記の両下腿開放骨折と分かり医師から緊急手術の宣告。
その際にレントゲン写真を見せてもらうと、
初めに右足の写真をみると単純骨折と言う感じで少し安心、
だが、左足の写真を見た時に絶句した。

 脛骨・腓骨とも折れており、
脛骨が3分割、腓骨がことごとく
バラバラになっていた・・・
精神的に大きなショック。。。

 ただ運が良い事に搬送された病院自体がその日、
手術日だったという事もあり、
手術を予定していた人には申し訳なかったが、
緊急OPということで自分が一番手に手術、
準備はスムーズに進んでいた。

 そして手術室に搬送され手術台に移され、
本当にこれが「まな板の上の鯉」という状態、
そして執刀前に医師からこんなことを言われてしまった。

Dr:「状況によっては足の切断の
  可能性もあることは承知してください。」 


と。。。

 のちに医師から教えて頂きましたが、
開放骨折の場合だと、骨の消毒をしないといけないということ、
しかし自分の場合はジャージのおかげで骨が地面に
直接触れることもなかったので
感染症の恐れは少ないであろうとの事であった。

 術後、麻酔から目が醒めるも
何か夢うつつという感じだったが、

慌てながらも恐る恐る両足を触った、
しっかりと両足は付いている・・・

足切断からは回避されたことに自分は医師に感謝した。

 手術も右足にプレートと8本のボルト、
左足に同じくプレートと8本のボルト、 
バラバラの腓骨を串刺ししたように
通したワイヤーで骨が固定されていた。

 だが、本当の悪夢はこれからだと言う事に
自分はまだ気がついていなかったのだが・・・。

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 さて本日は、仕事明けで
Kei ワークスの燃料補給のために
そのままスタンドに直行・・・
給油に最中にふと思った事がひとつ。

 最近は給油時に私め自身が気を付けているので
このような事はなくなったのですが、
なぜか我が家のKei ワークス、
有人スタンドやセルフスタンドで給油中、
満タン寸前に給油ストッパーが作動すると
いきなりガソリンが給油口から噴出する事象
度々発生。

 ん~、最近のスズキ車って、
みんなそうなのかなぁ~?と、
考察しながら考えていると、
Kei ワークスの配管は
写真の通りの配管なのですが、
この配管方法に問題あるのですかねぇ? 

 確かにいつもお世話になっている
車屋サンの代車、スズキアルトも
同じような状況になった事を思い出し。(写真1~2)

 三菱ミニキャブのように見るからに
給油しずらそう、こぼれそうっていうなら
給油も気をつけて行うのですが、
ミニキャブの給油口も管が細いため、
ノズルサイズと配管のサイズが
お互いにぎりぎりのために
様子が分からなくなるというのも、
考えてほしいものですね、三菱さん!(写真3~5)

 ただ、Kei ワークスに関しては
初めての給油で噴出事故が発生し、
正直、腹も立ちましたねぇ、
まさか噴出してくるとは思いませんから。。。

 まぁ、まだ私め自身が仕出かした事なので
諦めがつくのですが、
これが有人スタンドであらかじめ
「こぼれ易い車だから気をつけてね。」
と忠告しているにも関らず
こぼされた日には・・・。ヒィィィィィ(゚ロ゚;ノ)ノ 


 Keiが納車されて2ヶ月目くらいの頃、
自宅から7~8分行った場所にあるスタンドにて
こちらも大きなお世話とは分かっているが、
新車だけに言いたくなるのも心情。

 店員に
「こぼれやすいから気を付けてね。」
と一声かけたのだが、
聞いてるんだか聞いてないんだか・・・?

 給油後、店員の奴、
しらばっくれて雑巾でボディーを拭いてたから
なおさら頭にきた!
「おいッ!お前は人の言うこと聞いてなかったのかっ?」
と、思わず怒髪天となり!

 後のことは想像にお任せしますが、
ここのスタンドは自分の友人も
店員と色々と揉めており
仲間内ではとっても不人気なスタンドなんですけどね。

あえて名前は言いませんが、
確か日本で初のセルフスタンドになり損ねた所です。

ホント、店員の質悪い!最悪!!

 もともとランクルなんかはセルフで給油、
Keiもそれ以来、セルフで・・・
こぼしても自分の仕出かした事だから、
まだ諦めがつくということで。。。

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 さて、本日はお泊りのお仕事ということで、
クルマの作業に用いる工具のお話でも・・・
クルマなどの作業用工具との出会いは
私めが免許を取ったのが平成5年、
もう10年以上前のこと。

 当時、浦安にある巨大テーマーパークで
バイトしながらやっとこさ
ローンを抱えて購入したパジェロに使うために
オートバックスだかどこかで買った
エーモンのメガネレンチが始まり。

 私めの実家の隣に住む幼馴染が同じく
「車いじり」が大好きと言う事で、
国道6号線沿いにある原工具さんに
連れて行ってもらっていたのですが、
スナップオンやらハゼット、
ファーコム知らないメーカーの工具が勢ぞろい。

 社長もさすが工具好きが嵩じて
お店を開いただけあって所狭しと工具が並び、
分からない事があると懇切丁寧に
教えてくださりありがたかったですねぇ~、
まぁ、ここ数年は使う工具もほぼ揃い、
足を運んでいないのは淋しいところですが。

 結局、その時はスナップオンのラチェットやら
ソケットを色々と買い込んで帰宅、
その後も使い易い工具は片っ端から買い込んでいく始末。

 正直、パジェロのローンを払いつつも
バイトで得た収入は殆ど工具に消えていたような・・・
恐らくコンプレッサーやボックス、
ジャッキ等など工具だけで
100万円以上は購入のために
使ったんじゃないかな?と。。。

 ただ、チェストボックスだけは
傷物で安く販売されたものを購入・・・
使っていれば傷つくのは当然の話、
その方が色々とお得ということで。。。

 ただ、憧れの一流メーカーの工具もいいですが、
庶民派工具のエーモンやらトネの工具なんかも
良いものが沢山あり、
その辺は上手に購入して併用。

 正直、庶民派工具の方が使い勝手が
良好って時が多々ありまして、
その辺は上手に使いこなそうと。。。

 さてさて、写真に写るシルバーのジャッキ、
パジェロに乗っていた時代に購入、
市販で安く売っているガレージジャッキでは
パジェロクラスの重量だと
スグ壊れてしまうことを学び、
ジョイフルホンダにて購入。

 重量は2.5tパジェロクラスなら楽々持ち上がり、
購入から7~8年経ちますが、未だに現役。

 車庫証明の張られた赤い3tジャッキは
ランクル購入後のタイヤ交換の際、
シルバーのジャッキではフロントタイヤが
持ち上がらない事が判明、
急遽、なけなしのお金をはたいて購入、
抑揚も60cmあり使いやすい反面、
ジャッキ自体が非常に重く、
コンクリの床を転がすと地響きが・・・。(笑)

 工具もピンからキリまでって訳ではないですが、
高いものを買えば間違いなしかと思っていた自分も
色々と工具を購入するうちに安い工具でも
しっかり使えれば充分に役立つという事は
勉強になり・・・
また近いうちにお世話になった
原工具さんにでも行ってみようかなと。。。 

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