イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

 さて、なんともまぁ、
私めも情報を聞いてクリビツテンギョウ!というか、
KATOもとんでもない車種をリリースしたもんだな、
と思ったのが第一印象。

 昭和63年に日本へやってきた
オリエントエキスプレス
リリースするという事で、
・10‐561 オリエントエクスプレス’88 基本7両セット
・10-562 オリエントエクスプレス’88 増結6両セット
がリリースされると。。。

 基本セットの方は
マニ50-2236+寝台車2両+プルマン食堂車+
プレジデンシャル食堂車+荷物車+オニ23-1
の7両セット。

 一方の増結セットの方は
寝台車4両+バー・サロン車+スタッフ寝台車
の6両セットという事で、
今回のオリエント急行発売に合わせて
EF58 61も発売され、
クイックヘッドマーク仕様に
リニューアルされるそうな。。。

 さて、実車のオリエント急行が来日したのは
昭和63年・・・
私めがまだ初々しい15歳の頃の出来事でして、
鉄道雑誌にオリエント急行が日本国内を走るという
記事を読んでビックリ仰天した覚えが。

 そもそも、オリエント急行を
国内走行させるにあたり30周年を迎えた
フジテレビ・JR東日本主導のもと、
各国政府・鉄道各社の協力で
オリエント急行の車両を利用し、
パリから東京間でオリエント急行’88を運行。

 列車はフランスから各国を経由して
香港まで鉄路を走行し、香港から山口県の下松港まで
船で輸送され、
日立製作所笠戸工場で台車を狭軌用に交換し
日本国内運行のための改造が行われたようで。

 さらに編成の両端には連結器控車が連結され、
マニ50 2236とナハネフ23改造の
オニ23 1が使用され、
オリエント急行客車の連結器と緩衝器は
欧州標準のねじ式・バッファー式を使用し、
連結器控車として余剰のマニ50と
一旦、廃車されたナハネフ23が抜擢。

 各々、片側連結器を欧州タイプに改造され、
ホントに最後の一花といったところでしょうか?

 ところで、狭軌の線路を走行するために
オリエント急行の車両に用いられた台車は、
国鉄末期に大量廃車されたスハ43系などの
旧型客車のTR47を活用、
重量のある車体を支えるために
バネ定数等を調整のうえ使用。

 そのほか、オリエント車の車体幅は問題ないものの、
車体長が2~3mほど長く、曲線通過時の車両限界に
支障する恐れやらで軌道修正やら客車の方は、
ホームに支障する全車両ドア下のステップを
切除するなどの努力があったようで。。。

 そのほかにも色々な努力が実り国内での
走行シーンが見られたわけですが、
実物でここまで色々な軌道修正やら
車体改修が行われていたということは、
レイアウトで走行させる際は
厳しいということですかねぇ~?

 レイアウト作成の際はオリエント急行が走行できる
軌道施設を考慮しないとまずいということで、
そんなことを考えたら、
なんだかレイアウト作りも
頭が痛くなるような。。。(嘆)